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「子どもの心身を蝕む社会環境 NO.2」 - 身辺な環境や幼児教育の大切さ -
こども心身医療研究所所長 冨田和巳


心(知情意)の育ち方


 人間は「物質である肉体に生命が宿った」身体として、受胎した時に自然界に出現することは、誰も異論のないところでしょう。もちろん、母体内ですから未だに直接目に触れませんが、確実に存在する生命体であることは、各種の現象でわかっています。
(図1) その胎児は毎日驚くべき速さで各器官が発達形成されていき、四〜五ヵ月になると、未熟ながら感覚は身体内に芽生えてくることが、最近の脳科学ではわかっています(図1—[1])。やがて十ヵ月を過ぎると、胎児は誕生して外界に出現します。新生児が胎児期の記憶をもつことは証明されていますから、「心」は記憶が芽生えることで出現するという考え方からすると、胎児にも心があると考えられます。しかし、ここでは一般的に「無い」と考える方が、理解しやすく、生直後に「心」が芽生えてくると仮定します。
 胎児は母親から胎盤を通して供給される血液によって、酸素も栄養も得て成長してきましたが、生れ落ちた直後に自ら空気を吸って生きていくために、泣くことで肺呼吸に転換します。その次に身体を維持し成長させるために必須である食物(母乳)を得るために、やはり泣くことで空腹感覚を母親に訴えます。ここで「泣く」ということが、人間の最初の表現になることの意味を認識してください。赤ちゃんは空腹以外にもあらゆる欲求を泣くことで表現しますから、これに適切な対応を母親がすることで、赤ちゃんは自分の表現が受け入れられていることを確認し安心すると共に「表現」能力を培っていきます。
 同時に赤ちゃんは母親の乳房を通して伝わる心地よい触覚と授乳という適切な対応を受けることで、空腹感を満たされることでも満足感を得ていきます。この満足感である「心地よさ」は「情動(情緒)」の芽生えにつながり、「生まれてきてよかった」という自己肯定感、すなわち自尊心をもつことになります。
 ここで、感覚、特に触覚の大切さについても少し述べておく必要があります。いわゆる五感は視覚・味覚・聴覚・臭覚に触覚ですが、触覚以外は特定の器官がそれを感じ、しかも能動的に自分が感じるのみですが、触覚は全身に受容体があり、「触る/触れられる」つまり能動・受動は同時に起こる極めて特別な感覚です。この能動・受動が同時に起こること自体、実に対人関係の基礎を形作る感覚であることがわかります。つまり社会生活を送る上で最も大切な対人関係は、赤ちゃんと母親の間で触覚を基礎に形成されていくといっても過言でありません。その後も子どもにとって触覚が大きな役割を担っていることは、子どもの本来好むことや昔からある遊びをみても自明です。
 さて日本語で心を表す言葉として「知情意」という言い方があります。先に赤ちゃんに芽生えた「情動」は、この心を表す言葉のうちの「情」になりますから、感覚を土台にして身体という土台に接触して「心」が出現していくと考えることができます(図1—[2])。この身体所属の感覚と情が密着しているのが、この仮説の中心になります。こうして、「泣く(表現)」「自尊心」「対人関係」という社会生活を送る上で最も基本的になるものが、母親によって誕生直後に赤ちゃんに形成され、それが心の芽生えになるのです(前号の二十七ページでも強調しています)。
 赤ちゃんは空気とおっぱいを吸いながら、情緒が満足されると、誕生直後は出産と環境の激変で疲れて眠ってばかりですが、それが落ち着くと、知的好奇心が活発に働き、自分の周囲へ興味を示していきます。「知」の芽生えです。「知」は「情」の上に乗って出ると考えます。「知」も五感を通して育っていきますから、まさに感覚は心の成長に大きな力をもつのです。この赤ちゃんが好奇心を次々と満足させ、「知」を豊かにする方向に「意欲・意思」が働くように人間は創造されていますから、「意」は上向きに働く力で、心が身体感覚を土台にして「情→知」の方向に向かい、豊かな心が成長していくと考えます(図1—[3])。図示することで明確になるように、身体という最も重要な土台の中に存在する感覚の上に、情が大きくがっしりと一体化して存在し、それに知が乗ってピラミッドのようになっていることが、人間の安定した心身の発達と考えるのです。
(図2) ところが実際の脳の機能を体積から考えると、実は「知情意」の比率は図2のように頭でっかちの不安定な形、図1でいえば逆ピラミッド(図1—[4])になっていくように運命づけられたのです。人間は動物にあるまじき賢さ、「知」を手に入れたときから、その心が不安定になっていき、時代の進歩につれ、「知」が求められることで、さらに、それが増強されていくことが、この図からよく理解できます。ですから、よけいに小さい頃に感覚や情緒をしっかり芽生えさせ、「頭でっかち」の「重い知」を身体にがっちり乗せるために感覚と情の結びつきを強化しておかなければなりません。乳幼児期の主に母親による育児に失敗すると、後年、精神的に不安定になることがよくわかります。前号でも指摘していますが、行きすぎたフェミニズムは、この人間形成に最も大切な母親の役割を軽んじ、時に無視・否定しようとしている点に問題があるのです。
 心身症、特に摂食障害(拒食症など)の子どもの多くは知が勝って情緒に乏しく、感覚が育っていない(極端な拒食でも空腹を感じない)ようで、何よりも乳幼児期の母子関係が希薄だった傾向があります(図1—[4])。そこで、子どもはこの不安定な状態を是正するために、本来上向きに働く「意」を下向きに働かせ、感覚や情緒交流を増やし、安定型のピラミッド型に戻ろうと恒常性(ホメオスターシス)を働かせると考えます。これは基礎工事を再度行うことで、身体感覚(主に触覚)を、今一度改めて「感じ」、感覚と情緒の結びつきを確認・強化し、心の安定化を図り、心身状態を健全化する行為とみるのです。つまり、心身症は病んでいる子どもにとって必然的に出現している状態と考えることで、心身症や子どもの種々の問題への指導や治療の本質がみえてきます。ここで大切なことは心身症の子どもは自らそれを是正する方向に「意」を動かせる能力が育っている、あるいは残っていると考えられるのですが、最近はそれも働かない子どもが多くなっているように思います。冒頭に述べた事件を起こす子どもたちや、かなりそれに近い子どもの増加です。つまり恒常性が働かない/働けない混乱状態なのです(図1—[5])。それは「快い感覚・情緒」「年齢に相応しい知識」「積極的な意欲・意思・意気」が減少・消失した結果ではないか、と考えます。




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