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「子どもの心身を蝕む社会環境 NO.2」 - 身辺な環境や幼児教育の大切さ -
こども心身医療研究所所長 冨田和巳


素因と子どもの身近な環境


 前号に始まり、ここまで私は子どもの発達を歪める現代の種々の環境因子を述べてきました。しかし、環境悪化にも関わらず、多くの子どもは健全に育っている事実も一方にあり、理想的にみえる家庭でも、何らかの問題を出す子どももいるのが現実です。少々親の対応が悪くても、社会に問題があっても、悪影響をあまり受けない子どももいれば、環境がよくても何らかの問題を出す子どももいる現実です。それは子ども自身の素因(気質+体質)によっていると考えなければなりません。素因は生まれながらにして親から与えられ気質(心の元)と体質(身体の元)から成り立ち、どのようにも変えられないもので、もちろん子どもの責任ではありません。例えば過敏や鈍感、あるいは衝動性などは気質で、アレルギーは体質になり、生まれつきの素因なのです。
(図3) 気質は図3のように3軸に分けて立体的に考えるとわかりやすいと思います。「外向⇔内向」「おおらか(気にしない)⇔神経質(繊細)」「温和(おだやか)⇔衝動的」がそれぞれ独立した軸で、90度に交差しています。したがって、ある個人の気質は図の三次元空間のある一点に位置することになります。一般的に衝動的な子は外向的で気にしない性格とみられますが、衝動的でも繊細(神経質)で内向的性格の場合(神戸のA少年など)もあるなど、三つの尺度でみていくと、一人の子どもの言動の基にあるものがよく理解できます。気質に育て方が大きく影響し、子どもの性格が形成され、事件を起こす場合もあれば、皆から好ましいと思われる人格にもなっていきます。子どもを冷静にみて、欠点を補い、長所を伸ばす子育て・幼児教育がいかに大切かわかります。
 子どもは生まれると、先に詳しく述べたように先ず母親との関係を作りながら、最初の「心」が芽生えていきますが、次いで父親やその他の家族と接し、さらに社会が広がっていくので、子どもの成長は図4のように時間的経過で考えることもできます。つまり、芯である気質の上に家庭環境の層が被さり、成長に伴って、この層は厚みを増しながら子どもの気質に種々の影響を与えていきます。几帳面さが増し融通が利かなくなり、強迫症状を呈するようになっていくのも、几帳面さがうまく育てられ、他人から信用され信望が厚くなる人格が形成されるのも、この家庭環境の層がいかに芯である素因に働きかけるかでかなりの部分が決まるのです。衝動性の高い子どもの気質を理解しないで、叱責ばかりして育てると、自尊心が無くなり劣等感にさいなまれ、事件を起こすようにもなります。
 このように子どもは生後しばらく、主に家庭環境からの影響を受け、その後、しだいに友だちの家や公園へ行くことで世界を広げ、家庭環境の層の上に社会環境という層が被さっていきます。都会の団地(これも低階層と高層で異なる)か、自然が残されている地域に住んでいるか、あるいは近所に遊び仲間がいるかなどで、子どもが受ける影響も異なり、それが子どもの性格や能力の形成に関与していきます。子どもが成長し、やがて集団生活(保育所・幼稚園から学校まで)を始めるにしたがって、この社会環境の層は徐々に厚くなっていきます。
 社会環境の層は前号で述べましたように多くの矛盾や歪みをもち、表面を覆っているために目につきやすいので、子どもの問題をこの表層のみから判断する傾向にあり、特に事件報道でこの傾向が強いのです。平成九年・神戸のA少年事件で、彼の通う中学校で体罰があったと、まるで「体罰が彼の犯罪の原因でもある」といわんばかりの某紙の初期報道はこれを顕著に示していました。もちろん、A少年の場合は気質と家庭環境がその犯罪に走らせた最大の要因であり、中学校に問題があったとしてもわずかなものであったのは、拙論の冒頭で指摘したとおりです。
 三層からなる球は芯の大きさは変わらないが、家庭環境と社会環境(幼稚園や学校)の二層は子どもが成長するにつれて厚みを増し、芯をしっかりと包み込み、芯にある素因が見えなくさせることさえあります。「氏より育ち」という諺で示される状態です。しかし、「蛙の子は蛙」という諺もあるように、芯にある素因の重要性にも注意しなければなりません。客観的にみて気質も家庭環境も良いのに、問題の多い社会環境(幼稚園や学校)にうまく適応できず、登園拒否・不登校になる場合もありますが、三層を常にみるようにしていけば、比較的、適切に問題が把握できると考えます。
 なお、最近は遺伝子解明が盛んで、まるですべての問題が生物学的に決まっているような誤解もありますが、遺伝子がよくも悪くも働くにはかなり環境が影響をするものですから、やはり素因(気質と体質)に可能な限りよい家庭・社会環境を与えていくようにすべきでしょう。




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