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乳幼児のshaken baby症候群
岩手医科大学医学部小児科学講座教授 千田 勝一


はじめに


 家族が乳幼児を「高い高い」してあやしている姿を見掛けることがある。このような光景は,これから述べる症例を経験するまで,私もそれほど危険なものとは思わなかった。
 shaken baby(便宜的に「揺さぶられっ子」と和訳)症候群は,2歳未満の乳幼児,特に6カ月未満の乳児の頭を揺さぶることによって脳や眼の血管が断裂し、硬膜下出血やくも膜下出血,網膜出血をきたすものである。我々は,家族が乳児を揺さぶる危険性を知らずに,「高い高い」や揺さぶってあやしたことで本症候群に罹った乳児を経験してきた。
 本稿ではshaken baby症候群について代表例を提示し,解説する。


症例


症例1
 生後2か月になる男児の顔色が悪いという訴えで夜間に来院した。父親が児を「高い高い」してあやしている間に,顔色が青白くなったという。診察時には異常がなく,翌日の外来でも特に変わった様子がないことから,経過をみることになった。その1週後の診察で,大泉門がやや膨隆し,頭囲も拡大していたことから,頭蓋内病変が疑われて入院した。
図1.症例1の入院時頭部CT/両側の硬膜下血腫(矢印)と前頭部〜側頭部のくも膜下腔拡大(矢頭)を認める.R:右,L:左. 体重5.5 kg(-0.3 SD[標準偏差]),頭囲42.3 cm(+1.8 SD)。児の機嫌はよく,神経学的診察や血液検査で異常はなかった。しかし,頭部CT(コンピュータ断層撮影)で硬膜下出血(図1)とくも膜下腔拡大,および眼底検査で両側の網膜出血が認められ,shaken baby症候群と診断した。頭蓋内圧を下げる目的で大泉門を穿刺すると,硬膜下から茶褐色の古い血液が流出してきた。その後の経過は順調で,入院9日目に退院した。経過観察中に問題はなく,現在すでに就学して知的発達と視力に異常はない。
 これは今から11年前に初めて経験したshaken baby症候群の症例である。初診時の診察で異常がなく,その後の観察が診断の契機になった。頭部CTと眼底検査の時期がもっと遅ければ,血液は吸収されて診断がつかなかったかも知れない。

症例2
 生後3か月の男児が突然けいれんを起こしたため夜間に来院した。その1時間前に父親が児を「高い高い」して遊んでいた。その後,眠ったものと思っていたが,顔色は白みがかっていたという。けいれんは薬剤の注射で一度止まったが,意識障害と大泉門膨隆,右側腱反射の亢進があり,血液検査で貧血と,頭部CTで左側に硬膜下出血がみられたためshaken baby症候群の診断で入院した。
 体重7.0 kg(+0.7 SD),頭囲42.5 cm(+1.3 SD)。眼底検査で両側の網膜出血も認められた。すぐに大泉門から硬膜下出血の除去術を行ったが,右上下肢のけいれんが再発し,薬剤治療でもすぐには止まらなかった。その後,けいれんも止まり,入院28日目に右上下肢の運動麻痺を残して退院した。2歳時の診察で精神運動発達の遅れと片麻痺がある。目立った視力障害はない。
 この症例は左側の硬膜下出血を起こし,それに対応する右側の片麻痺を残した。左側を打撲した病歴や,左側の頭皮,頭蓋骨の損傷もなかった。本症候群では片側だけの出血も報告がある。




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