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乳幼児のshaken baby症候群 |
岩手医科大学医学部小児科学講座教授 千田 勝一 |
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shaken baby症候群について (1) |
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1.歴史
1972年に米国の小児放射線科医,Caffeyは学会賞受賞講演を行い,その中でwhiplash(むち打ち様)shaken baby症候群という病名で本症候群を紹介し,乳幼児の頭を揺さぶる危険性を説いたことで,その存在が広く知られるようになった。その後,硬膜下出血は揺さぶりだけでなく,頭部への衝撃がないと発生しないという説が出された。しかし,現在は衝撃の有無にかかわらず,揺さぶりだけでも外傷の原因になることが認められている。特に,硬膜下出血が両側の場合や網膜出血が存在する場合は,揺さぶりがあったことを示す証拠になるという。
2.発生機序
本症候群が乳幼児に発生しやすのは,その頭部と眼の解剖学的特徴が要因となっている。
乳幼児の頭部の特徴は,(1)相対的に重い,(2)それを支える首もすわらず,定頸後も筋力が弱い,(3)大泉門や骨縫合が存在して弾力に富む,(4)神経線維を取り巻く髄鞘の発達が未熟なため脳が柔らかい,(5)側脳室およびくも膜下腔が相対的に大きいことである。このため,揺さぶりによって脳に加速・減速力,回転力が作用すると,脳と頭蓋を結ぶ血管が断裂し,硬膜下出血やくも膜下出血が生じやすい(図2)。同様の機序によって,脳の神経や,頸髄の神経も損傷を受けることがある。
また,乳幼児の眼の特徴は,(1)硝子体がコラーゲン線維の帯で網膜血管に強く付着している,(2)この血管網が脳と同じように垂直に走行している,(3)硝子体と水晶体が結合していることである。したがって,揺さぶりによって水晶体とともに硝子体も動揺する結果,硝子体・網膜間の血管が断裂して網膜出血をきたす(図3)。これは本症候群の75〜90%にみられる。網膜出血はほかに急激な頭蓋内圧上昇により,網膜の毛細血管や小静脈が破裂しても起きるが,揺さぶりによる出血はそれよりも広範囲に及んで,視力予後もよくないとされる。
3.発生状況
本症候群が起きた状況を整理すると,(1)故意の虐待疑い,(2)しつけや育児行為,遊び,(3)無意識のとっさの行動によるものがある。(2)には,「しつけのために揺さぶった」,「高い高いや腕の中で胴上げをした」,「膝の上で揺らした」,「ぐるぐる回した」など,(3)には,「泣きやまない,排気をさせる,咳がひどい,口に異物を入れた,ひきつけを起こしたなどのために,揺すったり背中を強く叩いたりした」,あるいは「テーブルから落ちそうになったので腕をつかみ引っ張りあげた」というものが含まれる。
しかし,上記(1)のみならず,(2)(3)にたとえ虐待が潜んでいても,当事者は虐待と認めることはない。このことから,発生状況に虐待の意図や危険性の認識がなくても,欧米では子どもの立場からみて揺さぶりを虐待の重大な一型とみなしている。特に,これが虐待によるものであれば,再発や死亡の危険性が高いため,対応としては児童相談所などの専門員と連携し,虐待でない場合の当事者の心情にも配慮しながら,慎重に経過をみる必要があろう。
4.症状,診断
本症候群の症状は重症度によって様々である。「軽いかぜや腹痛として見過ごされていた」,「食欲不振や嘔吐,不機嫌があっても問題視されなかった」という軽症例から,「けいれんや意識障害があり,無呼吸,除脈をきたして蘇生が必要であった」,「心肺停止で搬送された」という重症例まである。
診断には揺さぶりの既往と,早期の頭部画像検査(CTやMRI[磁気共鳴撮像]),および眼底検査が不可欠である。しかし,軽症例では軽い脳浮腫だけのことがあり,また,出血も急性期を過ぎると吸収され,検査でとらえられないことがある。
発生状況を話す際に自己の関与を否定したり,不自然さやあいまいさがあったりするときや,児の栄養状態が悪い,外傷や強くつかんだ痕,骨折があるときは,虐待が疑われる。
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