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第26回 母子健康協会シンポジウム 保育における歯の問題と対応
1.むし歯の問題と対応
日本大学松戸歯学部付属病院小児歯科教授 前田 隆秀



前田 ご紹介にあずかりました前田でございます。保育における歯の問題、むし歯ということで、特に乳幼児、並びに幼若永久歯が出てきます6歳、7歳ぐらいが中心的な話かと思います。

齲触発症の要因


 むし歯は多因子疾患でありまして、1つの原因だけでむし歯になるということではありませんで、いろいろな因子が重なり合って初めてむし歯になる。当然、歯がなくてはむし歯になりませんから、宿主の問題としまして歯の問題があります。それから、むし歯の大きな要因は唾液です。唾液にも、サラサラの唾液もあればネバネバの唾液もあります。やはりネバネバの唾液のほうがむし歯になりやすいというように宿主が影響します。
 宿主というのは、親御さんからもらった遺伝的な影響、それから周産期で、特に歯ができる頃の母胎内環境並びに出産を通して、環境要因の変化等におきまして、歯の質というのはできてきますし、また、唾液の性状等も含まれます。遺伝的要因が関与することは、我々の教室のマウスを使った研究にも出ております。しかし、最もむし歯になる因子で強いのは、糖質、特にショ糖です。ショ糖をいかにコントロールするかということがむし歯の抑制・予防に大事だということです。
 また、むし歯が発症するには、細菌がいなくてはなりません。無菌動物に多量の砂糖を与えて飼ってもむし歯にならないという実験が報告されています。その細菌の中に、よく聞かれると思いますけれども、ミュータンス連鎖球菌、これがむし歯をつくる主な細菌であるということが解っております。この菌をいかにコントロールするか。その菌は、どういう状況になると菌がどんどん増えるかといいますと、砂糖が多い状態、口の中が汚れた状態です。口の中が汚れていて、なおかつ砂糖を食べる、間食をするというようなことがありますと、ミュータンス連鎖球菌にとっては非常に住みやすい環境ができまして、どんどん菌が対数的に増えていくわけです。増えていく過程で細菌は酸を産出して、むし歯になっていくということです。これは後ほどバイオフィルムというところでお話ししたいと思います。むし歯というのは感染症です。ところが、普通の感染症と違いまして、生活習慣病的な要因があって時間が必要なのです。従って、宿主、細菌、糖、時間の4つの要員が重なり合ったときに初めて、むし歯ができるというふうにご理解いただきたいと思います。
【表1】  次に、子どもたちは、スナック菓子や砂糖の入った食べ物、飲み物等を口に入れますと、表1に示しますように歯垢中のpHは酸性に傾きます。むし歯というのは、むし歯菌が歯の中に入って歯を栄養にしていくというイメージを持つかもしれませんけれども、そうではありませんで、歯の表面が酸性となり表面であるエナメル質からカルシウム、リン酸が外に抜け出してしまって(脱灰)その結果、脆くなる。歯の表面はがさがさになりますから当然、汚くなり、むし歯菌がさらに増え、どんどん歯が脱灰していき、むし歯となります。
 その脱灰は何で起きるかというと、単にpHの問題です。pHが中性ならば脱灰は起きません。ところが歯の表面が酸性になりますと、イオンの動きでカルシウムが抜けるのです。ですから、歯垢中のpHをいかに中性に近づけるといいますか、5.5ぐらいでエナメル質が脱灰するわけですから、pHを上げておけばむし歯にはならないわけです。スナックを食べまして歯垢中のpHは落ちまして、30分ぐらいたつと戻ってきます。そのまま何も食べなければ30分ほどで元に戻るのですけれども、その間にまたスナックを食べると長時間、子どもたちの口の中の歯垢のpHが5.5以下となり、脱灰が進んでいくということで、むし歯が発症するわけです。ですから、砂糖の量と食べ方ということが関係してくるわけです。
【表2】  次に上顎乳前歯と上下顎乳臼歯のむし歯がどういう原因によって起きるかというのを、多数の子どもたちのアンケート調査から研究したところ、上顎の乳前歯のむし歯になる大きな特徴は何かというと、表2のとおり1番は、就寝前の飲用習慣。あと、哺乳ビンの使用期間。いわゆる乳前歯のむし歯の原因となる食品は、液体が主です。特に寝ますと唾液の分泌が少なくなりますので、自浄作用、歯をきれいにする能力を本来人間は持っているわけですけれども、それが減ってきた上に、甘いものを寝る前に飲む、特に哺乳ビン等を用いますと乳前歯のところに甘いものがたまりやすい。ですから、奥歯はきれいだけど前歯に虫歯があるということになりますと、哺乳ビンむし歯とか、何か飲み物かな、というふうに思われてまず間違いない。私も長く子どもを診ていますけれども、臨床症状と問診が一致し、研究データと同じだなと思っております。
【表3】  表3が、乳臼歯(奥歯)です。奥歯になりますと、間食の内容ということになります。いわゆる固形物ですね。甘いものを食べる回数が多いとむし歯になりやすい。ですから、飲み物では臼歯は重症なむし歯になりません。特に噛むところ、咬合面と言いますけれども、歯の噛むところは飲み物ではむし歯になりにくいです。固形物になりますと、咬合面にたまりますので、むし歯になりやすいということが表から見えますが、これも臨床と合致しております。
 次に、図1のバイオフィルムです。歯の表面には、獲得皮膜(ペリクル)といいますけれども、唾液中の唾液タンパクである獲得皮膜が歯の表面に電気的にくっつきまして、そこに細菌がくっついていく。ところが、それだけではむし歯になりません。そこに砂糖が来ますと、ミュータンス連鎖球菌は,菌体外に不溶性グルカンという、手で軽く取れない非常にネバネバのものをつくり出す酵素を持っています。不溶性グルカンをつくりますと、細菌にとっては非常にいい環境ですので、どんどん対数的に増えていって、ネバネバの状態(デンタルプラーク)が形成されますが、最近はバイオフィルムともいいます。
【図1】  いわば下水道の土管の中に出来るネバネバの状態の汚物、細菌の塊です。細菌も数少なくては生きていかれないので、みんな集合体をつくって生きていくわけです。土管にへばりついてなかなか取れないという形と似た状態が口の中にあると思ってもらって結構です。このような形でバイオフィルムができます。ところが、唾液中には過飽和の状態でカルシウムがあります。歯の表面からカルシウムが出たわけですから、バイオフィルムを歯ブラシ等できれいに取り、口のpHがもとどおりになりますと、唾液中のカルシウムが、カルシウムが抜けた(脱灰)歯の表面に入っていき、歯の表面が硬くなる。これを再石灰化といいます。
 歯の表面というのはすぐ再石灰化が起こりやすいのです。ところが、歯の表面から少し入ったところ、表層下の部分は脱灰がもとに戻るのに時間がかかります。表層は再石灰化しているが表層の下の層は脱灰したままの状態が続きます。 この状態を表層下脱灰といいまして、臨床では、学校歯科等におきましては、まだむし歯ではない、オブザベーションの段階、要観察歯(CO)という形で診断します。これは、むし歯になることもあるし、もとに戻ることもあるという状態ですので、もとに戻すように努力しましょうということで考えているのが、COのいわゆる白斑、口の中で歯がちょっと白っぽく見える状態。図1の真ん中の絵の下にグレーの線がかかっていますけれども、表層下は脱灰しているということです。この状態でまたバイオフィルムが形成されますと、表面も脱灰し、破壊されてむし歯になる。ところが、口腔内の状況がよくて、なおかつフッ素を塗ったりしますと、歯というのはハイドロキシアパタイト、カルシウムとリン酸と水酸基でできている結晶物で、その水酸基とフッ素がとれかわることによって、フロールアパタイトという硬い組織になり元の状態に戻ります。
 では、ミュータンスはどこから来るのか。これは多くの研究で行われていますけれども、主にお母さんから来ています。母子感染で、齲蝕のミュータンス連鎖球菌は来る。どうしてわかったかというと、遺伝子型の配列と、または毒素のタイプでわかりますので、そうして見ていきますと、お母さんの口の中の大事なところは、1000CFU(コロニー・フォーミング・ユニット)といいますけれども、この1つのコロニーの中には10の8乗ぐらいのミュータンス菌がいるわけです。1000以下の状況ですと、40数名の子どもたちの口の中を見ますと、感染してミュータンスがいる。これは3カ月から8カ月の子どもです。まだ歯が全部そろっていません。出てきたばかりです。ミュータンス連鎖球菌というのは、歯が全くないときには口の中に見られません。赤ちゃんが生まれたばかりのときはミュータンス連鎖球菌は全然いないのです。歯が出てきて初めてつきます。ですから、総義歯になったご老人はミュータンス連鎖球菌はありません。ところが、入れ歯を入れますとミュータンス連鎖球菌がいるのです。歯が一本もなくても、入れ歯が入るだけでミュータンス連鎖球菌が出てくるのです。ですから、乳児で全く歯がなくても、もし口蓋裂のお子さんが口蓋床を入れますとミュータンス連鎖球菌が検出されます。ですから、必ずしもエナメル質でなくてもいいのです。固形物があるとミュータンス連鎖球菌が生息します。
 生後6カ月ぐらいから歯が出てきます。そういう子どもたちを対象にしたときに、お母さんの口の中に10万以上のCFU以上ありますと、お子さんの感染が成り立つ。このことは、決してお母さんと子どもさんが近づいてはいけないということではない。お母さんの口の中に細菌数が多いと感染してしまいますよ、ということです。
 ですから、お母さん方は口の中をきれいにしてもらいたい。また、むし歯がそのままに放置されているのは問題ですから、むし歯がない状態にしてほしい。そういう状態にしますと、子どもさんの感染の率が低くなります。そして、お父さんとも細菌が一致する子どももいます。ですから、ですから、保育園の先生が口の中に相当細菌数が多くて、お子さんに非常にやさしくしてあげる、これは大事なことですけれども、感染の機会の危険性もなきにしもあらずということなので、子どもたちにかかわるおじいちゃん、おばあちゃん、お母さんは当然として、子どもを養育する人たちの口の中をきれいにしてもらって、細菌数も減らしてもらうことによって子どもたちの感染は成立しにくくなります。
 感染が成立するのはいつ頃かといいますと、歯が出てくるのが6.8±1.4カ月ですけれども、だいたい19カ月で25%、31カ月で75%ということで、この時期に感染が成立する。
【表4】  これはちょうど萌出した歯の数と一致していることを表4は示しています。この▲とか●は研究者の数です。4人の研究者のデータが全く一致しているわけですけれども、これは歯の萌出した数ときれいにパラレルになりますので、歯の数が多くなりますと、感染の期間が多くなるという形でございます。齲蝕のむし歯の罹患率も同じように歯の萌出とパラレルでございます。
 言いたいことは、お母さんも砂糖の摂取量等も低くしてもらって、むし歯も減らしてほしい。それから、感染の頻度を減らす。お母さんが使ったスプーンで子どもさんにあげるとか、そういう直接行くようなことはなるべく避けてほしい、というようなことがあると思います。
 お子さんも、同じように歯の萌出の歯数が多くなれば感染の機会が多くなるんだということを覚えておいていただいて、また、砂糖の摂取量がどのぐらいかということも考えていただいて、口腔清掃状態をよくしますと赤ちゃんの感染が成立しにくい。
 ミュータンス連鎖球菌の感染した時期が、1歳で感染してしまうということになりますと、1歳半も2歳もずっと感染しますので、2歳6カ月児の齲蝕率はかなり高く、66.7%という形になります。これが、1歳6カ月で初めて感染、または2歳6カ月で初めて感染する。または,2歳6カ月でまだ感染していませんよという形になりますと、当然むし歯は発症しない。 重要なことは、お母さんからのミュータンス連鎖球菌の量とともに、感染する時期が遅ければ遅いほどむし歯になりにくいということです。




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