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特集 座談会「子どもの食育」 |
東京慈恵医科大学名誉教授 前川 喜平 先生
東京女子医科大学名誉教授 村田 光範 先生
こどもの城 管理栄養士 太田 百合子 先生
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園での食育 |
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前川 次に、「園での食育」ということですけれども、いかがですか。園では何をなすべきか。
村田 まず、わが国であまり重要視されていないと思いますけれども…フランスではかなり普及しているというのですが、味覚の問題です。食べ物の作用というのは三つあるわけです。一つは、我々がよく知っている、例えば糖質のものを摂れば即座にそれがブドウ糖になってエネルギー源になるとか、蛋白質を摂ればそれが筋肉の蛋白質に変わっていくとか、そういう食品作用ですが、これは非常にわかりやすいわけです。エネルギー補給とか、体をつくり上げるような素材を食べ物から得るということです。
それから、第三の作用、これが今、重要視されていますけれども、食品の「機能」という問題です。ポリフェノール、お茶で言うとカテキンなどが取り上げられて非常に有名になりましたが、フランス人は赤ぶどう酒をたくさん飲むから心筋梗塞が少ないといわれています。これは「フレンチパラドックス」といって有名になったのですが、私は、第二の機能が非常に大事だと思います。
これは、味覚の機能です。甘いとか、辛いとか、酸っぱいとか、苦いとか、こういったことを小さいときから教えていく。食べ物について、「これはこういう味なんだ」と、「味」を教えていく。それから、塩辛くないもの、あまり甘すぎないものについてもきちんと教育する。だから、味覚の教育を小さいうちから重要視したほうがいいと思います。今、あまり言われていない点ではないかと思います。
第1の作用は、誰だってみんな大事で、バランスを取れというのはまさにそのとおり。それから、食品の機能というのも非常に重要視されて、厚生省が機能性食品とか保健食品をつくっているように、かなり重要視されていますが、正しい食事をとるための味覚というのは何かということを考えて、それを乳幼児期、小学校へ上がるくらいまでの間に基本的なものをつくって、それから先は大人の味の問題です。
前川 私たちから見ると、味覚のプリファレンス、好みとか、いかに育てるかということはほとんどやられていないですね。ただ「塩気はいけない」とか何とかというだけのことで、これは、これから食育を考える上ですごく大切なことではないですかね。
村田 それは、親が自分で経験しなければ絶対伝えられないですね。
前川 確かにそうです。管理栄養士の太田先生としては、味覚とか、保育園の食育ということで、いかがですか。
太田 味覚を育てるのはとても大事だと思いますね。好き嫌いにしても、食べる意欲にしても、発達に合わせてどういうものを提供していくかによって、幼児期というのは非常に変わっていく境目だと思います。
それと同時に私が園の食育は何をなすべきなのかということを考えるときに、園の生活はどうなっているのかなと。食育は生活全体を見なければならないと思います。例えば午睡の問題。4〜5歳児に午睡は必要でしょうか。日中はたくさん体を動かしたいですね。それから何時まで子どもたちをお預かりするのか。園で午後7時、8時まで見ていたら、おうちに帰って、「いったい夕ご飯は子どもたちも何時になるの?」と。
前川 すぐ食べられないですね。
太田 ですよね。だから園で夕食や軽食を出すのかとか。
村田 それはなかなか難しい問題で、法律的に非常に難しいらしいですよ。
太田 でも、子どもの生活リズムが一番大切という話をしているのですから、園や家庭が同じように子どものためにいろんなことを考えていかないと、子どもの健康というのは守れないと思うのです。だから、やはり親と保育園で……。
園と保護者が一緒に考えることって結構いっぱいあると思います。例えば帰ったら夕食をすぐ出せるように努力しましょう。そしたら、お腹がすいてモリモリ食べますよとか。延長保育の場合は軽食が出ますから、それに合わせた夕食をお母さんは考えてくださいねとか、朝ご飯に響くからそれなりに考えましょうねとか、全体で意見を出し合う必要があるのではないかと思います。食べ物の内容とか、いろんなこともそうですけれども、まず、子どもの生活リズムを整えてあげたいと思うのです。
前川 今までは、保育園、保育所というのは、親が保育をできないことで子どもを預かるという感じだったけれども、今はそうではなくて、親と一緒に子どもを育てる。話し合ってお互いに足りないところを補い合って、ちょうどよいバランスをとるとか、運動の問題、食事の内容にしろ、そういうことをこれから協調してもいいのではないですかね。
それからもう一つ、私がちょっと気になったのは、平成17年ですか、学校では「栄養教諭」というのができましたが、保育園にはないのです。結局、管理栄養士さんの役割が非常に大切だと思うのですが。
太田 現状は管理栄養士が全園にいるわけではありません。その整備を待つ前にもお母さんとか保育士さん、接している誰かが皆で考えればいいと思います。
前川 しかし、そういうことのプロモーターというか、そういうのをやる人がいないと困るでしょう。そういうことから言って、例えば管理栄養士さんがどういうふうに関わったらよいかとか、栄養士さんが食育のことにどのように関わったよいかということで、何かお考えはありますか。
太田 理想としては、保育園というのは家庭的な雰囲気なので、園でもいろいろ取り組みはありますけれども、家庭の中で失われているのは、“トントントンッ”って音が聞こえたりとか、においがあったりとか、そういう五感です。
前川 わかります。においと色と音とか、何とも言えない。
太田 ええ。そういう場を密接につくってあげる。
もう一つは、栄養士さんが出向いて行事の時にお母さんたちに健康教育とか、保育士さんといろいろ話し合うとか、毎日でなくても、できることっていっぱいあると思うのです。何かのヒントを栄養士がお話ししてあげる。日頃は保育士さんがいつも接していますし、いろんなお子さんがいらっしゃいますので、「食べないのよ」といったら、「こんなふうにしたらどうかしら」とか、そういうアドバイスを出し合う。
今までは集団としてとらえていたものを、もうちょっと手厚く個々に見ていってあげられると、よくなるか気がします。
村田 私は、法律というのに我々はもう少し関心を持つべきだと思っています。管理栄養士に関する法律というのが平成12年に通って、14年から実施されています。人とのいろいろな接触の中で、管理栄養士の果たす役割を書いてあったりするので、そういう状況の中から、もし保育所でいろいろやるとしたら…これは栄養士の先生はいろいろ問題はあるのですが、管理栄養士を配置しようという一つの根拠として活動していくほうがいいと思います。
それから、「次世代育成支援対策推進法」という法律があります。これをどうしてみんな活用しないのか? と思いますね。あの中にも、食育をいかにやっていくかという項目が載っていて、これは、自治体と、301人以上の企業は義務なんです。発効したのが十六年かと思うのですが、10年の時限立法になっていて、10年間の間に必ずやらなければいけない。その中に事例として「食育」が挙がっているわけです。いろんな形でやりなさいと。
ですから、各自治体に、お宅は次世代育成支援対策推進法として今、何をやっているのか。企業は、子育て支援をしていますという、「子育てマーク」を商品や包装紙に使っていいと出ているんです。我々がもう少しそういう法律に関心を持って、その法律が有効に活用されるように、ある意味で自治体とか大きな企業を、どんどん攻めたてる必要があるのではないか。
気をつけてごらんになると、赤ちゃんマークがついた「子育て支援マーク」、私たちは何年度の法律に基づいて子育てを支援していますというマークがついていますけれども、そういうふうなことをやっていく必要があるのではないか。いいことを言うのもいいんですけれども、なぜいいことをやらなければいけないのかという、法律的な……、国として、あるいは自治体として、企業として、やらなければいけないことを最大限に活用するというのも大事ではないかと思います。
次世代育成支援対策推進法というのは非常に期待を持っているのですが、なかなかうまく動いていません。それは縦割り行政のためなんです。
前川 県でも地域行動計画をつくりまして、重点計画という5カ年計画で目標を定めるのです。ですけど、そういう会議をやるといろいろな人が出てきて、それをやるだけで、全体のつながりができないわけです。
特に保育園の食育という点で考えますと、公立もあれば、私立もあれば、無認可もあって、統一がとれない。食育以前の問題があります。それから保育の時間も、延長保育とか、病児保育から24時間保育とかいろいろあります。
村田 10歳ぐらいまでの児童を対象にということで、学校を中心にした保育授業というのが行われているのですけれども、それも最終責任者が誰なのか、ちょっとはっきりしないんですよね。学校は、「貸しているだけ」という感じだし、保育になると厚生行政のほうに入ってくる。文部行政、厚生行政、労働関係の行政とか、子どもに関して特にばらばらなんですね。
それで、最近の法律を見ると、みんな関係省庁が名を連ねているわけです。一つだけ出てきているというところは滅多になくて、文科省、厚生労働省、農林水産省、みんなのっかっている。ひどいときは7省、8省。だけど、最初につくった主管官庁だけがやっているので、名前は貸しているけれど、大体そっぽ向いちゃうんです。こんなことではダメですね。
前川 関係があるだけで、連携がすごく悪いですね。
村田 そうです。
前川 ここで、どうしても保育園の食育というと、幼児の問題行動、偏食だとか、よく噛まないとか、いろいろなことがあります。一方では「楽しく食事」ということを言いながら、片一方では、それをどうするかということが保育士さんたちの悩みだと思いますね。管理栄養士の立場から、いかがですか。
太田 幼児の問題行動とされる偏食や「遊び食べ」など、いろんなことがありますが、私は、幼児期にそういった自己主張がないといけないと思っています。
前川 なるほど(笑)。
太田 それにどう大人が付き合うかということだと思います。自我が出てくると、大人にとっては厄介なんですが自己主張がないと困っちゃうんです。じゃあ、そういうときにどうするのか。
基本的には、お腹が空いていたらある程度は解決するのですが偏食という問題があります。昔は偏食を直そうとしましたが、今はいろんな食べ物がありますから同じ食品群から食べられればいいのです。むしろボーッとして食べない子のほうが心配ですね。食べることに興味が無い、意欲がないとか。
前川 意欲がないことがまさにそうですね。
太田 好き嫌いがどういうふうに発達していくのか、何となしに見ていますと、幼児期に食べている経験とか、見る経験とか、励まされた経験が少ない子ほど、厄介なんです。だから、やはり幼児期に、見るとか、触れるとか、「体験」が一番大事だと思います。
前川 周りが励ましてあげて、ちょっとずつ機会をつくればいいということですね。
太田 はい。大人が好き嫌いなどを直そうと考えるよりはそういう行動が出てきてよかったね、とまずおおらかに見守ることです。
村田 そのとおりだと思いますね。実は私は、空襲に遭いまして、食べるものが何もなくて十何時間も何も食べられないという経験をしているのですが、まず空襲が終わって何をしたかというと、水ですね。汚れているとか汚れていないとか、関係ないです。水たまり、あるいは防火用水なんかありますが、そんな水をすぐ飲んでしまうんですね。そのことがいいということじゃないですけれども、お腹がすくとかのどが渇くという経験は非常に大事で、そのことを子どもの頃から親がよく考える。そうすると、今のいろんな問題というのはかなり解決がつくのではないかと思います。
それから、当たり前の話ですけれども人間も動物ですから、我々が頭で考えているほどそんなに食べなくてもいいわけです。そんなにめちゃくちゃ食べなきゃいけないのだったら、とんでもないことでして、したがって、たんぱく質というのはもともとの意味がプロテインで、「第一のもの」ということで、一番最初に、ミュンヘンだったかな、食事の献立というのができて、そのときに蛋白質を非常にたくさん処方するんですね。だけど、良質の蛋白質なんてそうたくさんとれるものじゃありませんから、どんどん蛋白質の所要量も減ってきていますし、それから、乳幼児期の蛋白所要量というのもどちらかというと減る方向に来ているわけです。それは、私はある意味で当たり前だろうと思っています。
というのは、第一成長期、第二成長期と言いますが、赤ちゃんは1年間で6キロも増えて、特に最初の三カ月で3キロも増えるのですが、実際は成長速度で見ると減速しているんです。そうでないと、思春期みたいにどんどん食べる時期だと、自然界に食べるものないですよ。ですから、かなり食べなくても済むようにできていると思います。それを、どちらかというと我々は頭の中で、子どもたちに「食べなさい」ということを強制する要素もあると思うんです。ですから、先ほどの太田さんの話ではありませんが、子どもがどういう食事の仕方をしようとしているのか、もうちょっと冷静に見る。
前川 そうですね。周りの人たちも、子どもが見習うようなことをしないといけないわけですね。
村田 そうです。どちらかというと幼児期は、放っておく場合も多いと思うのですが、「食べろ、食べろ」で追い回されることも非常に多いと思います。
前川 子どもにとっては苦痛なのです。それから、文句を言う、保育園や幼稚園であったこととか、食べる・食べないとか。だから、楽しい食事とはほど遠い。
村田 ですから、身長と体重のつり合いがとれて大きくなっているのかどうかということですね。いろいろな病気で私のところに来る子どもさんが多いのですが、そのデータをもらうと、保育所では毎月、体重は必ず測っています。それから、身長を測っているところも多いんです。数字を羅列して書いてあるだけですから、あれを成長曲線という形にして、それが正常なパターンをとっている、基準線に並行しているということであれば、そんなに追い回して食べさせる必要はないのではないかと思いますね。
前川 ぜひ、食育の第一歩は成長曲線をつけるということで。
村田 そうです、成長曲線を描くことだと思います。今、それが簡単に描けるソフトをつくっていまして、もう、ほぼ完成しました。こどもの城へ行ったときから、成長曲線を描こう、成長曲線を描こうと言っていて……。
前川 あれは、意外といろんなことがわかりますね。
村田 そうです。あれができるのは日本だけです。
前川 あ、そうですか。
村田 そうです。ほかの国で、すべての子どもの身長と体重を定期的に測っていませんから。
前川 もとがないから、どれを基準にしていいかわからない。
村田 ええ。それと国民性があって計測値が正確なんですね。ですから、成長曲線は必ず描いてほしいと思います。
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