母子健康協会 > ふたば > No.72/2008 > 寄稿 「子どもの発達について」 > 遺伝子発現を調整する遺伝子が知能を規定する
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寄稿 「子どもの発達について」 |
自治医科大学医学部小児科教授 桃井 眞里子 先生 |
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育児をしていて、一番気になることは、子どもが正常に成長しているのか、正常に発達しているのか、ではないでしょうか。その中でもとくに子どもの発達は、脳の発達を意味しますから、子どもの能力とか社会的成功とかがちらつき、親の関心の中心事項なのではないでしょうか。みつごの魂百までとはよく言われることですが、脳の発達に及ぼす環境の影響についてわかってきたのは、つい最近のことなのです。
ベルリンの壁が壊され国際的に、大きな政治的変革が起きたのと同時期、脳科学の分野でも大きな発見がありました。知的障害の原因遺伝子として最初の遺伝子が報告され、FMR1と名付けられました。2001年には、女子の知的障害、あるいは自閉症症状を示す代表的疾患であるRett症候群の原因遺伝子MECP2が同定されました。ここから知能の分子遺伝学がスタートしたのです。
遺伝子発現を調整する遺伝子が知能を規定する |
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Rett症候群とは、女子に発症する発達障害を主たる症状とした疾患です。幼児期から発達の遅れがあり、言葉を話さず、歩行も遅れる場合があります。幼児期以降になると、手を胸の前に組み合わせる動きが出てきたり、歯軋りができたり、特有の症状が出現します。特徴は、かわいらしい顔貌、発語はないが、言語理解はある程度あり、手の動作も失行という大脳前頭部の機能不全による運動障害であることです。原因遺伝子は、MECP2と呼ばれ、多数の遺伝子の発現を制御する作用を持つことがわかりました。遺伝子は、適切な時に適切な細胞内で発現することで、生体は機能します。MECP2は、遺伝子のメチル化部位に結合して、遺伝子発現を抑制する機能を持ち、その機能が破綻すると、発現すべきでない遺伝子が発現することで、細胞機能が障害されることがわかりました。Rett症候群は、遺伝子発現抑制遺伝子の異常による最初の疾患でした。その後、Rett症候群以外でも、知的障害、あるいは、自閉症を示す女児にMECP2の遺伝子変異が報告され、この遺伝子は知的機能と直結する遺伝子であることがわかってきました。
脆弱X症候群という男子に多い知的障害の疾患は、家族性に知的障害を呈することもあり、頻度の高い疾患です。原因遺伝子であるFMR1の塩基配列の一部(CCG)n部分が異常に延びていることがこの遺伝子の発現を低下させ、機能喪失になり知的障害の原因となっています。この遺伝子がコードするFMR1蛋白は、mRNAに結合することで、mRNAからタンパクに翻訳される場所と時間を調整する働きがあります。主として神経突起のシナプスを形成するspineでのタンパク合成の制御に関わると考えられており、この遺伝子産物がないと、シナプス形成が障害されます。これはすなわち、知的障害はシナプス形成障害であるという新しい見方の出発点でもありました。
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