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第二十四回 母子健康協会シンポジウム 保育におけることばの問題と対応
4 討議(7)



秦野 言葉の遅れ、発達には個人差があります。ですから、専門家でも、一度で診断できないことがあります。一度で予後の予測ができないからといって、この人の専門性が低いとは言えないんです。それくらい、言葉の問題は難しいですから、一回だけ見てわからない。特に子どもの年齢が低いほど複合的な要因が重なっていますので、経過を負うということが必要だし、環境を変えるとか、かかわりを変えて見ると、その子自身の問題なのか、かかわりの問題なのか、ということも見えてきます。一歳半頃の年齢で一歳前後の発達の様相を示している場合は、その後、いろんな言葉の発達をたどっていくので、この時点で100%の発達予測はできないんです。発達が予想できないというのは、逆に育てがいがあるということです。いい環境をつくってあげるということです。特に、言葉以前の発達にあるお子さん、まだ発語のない、理解もよくわからないというときは、前川先生がおっしゃったように、五感に働きかけることが、認知発達、対人関係発達にとって意味があります。
 ところで、日本語とか韓国語とか、東アジア言語は、繰り返しの擬音語とか擬態語がたくさんあって、子どもにとってもわかりやすいのです。たとえば、「トントントントン」「グルグルグルグル」。それから、私が言葉の遅れの子に使うのは、「モコモコ」の絵本です。「モコ、モコモコ、モコモコモコ」なんて、わからなくてもその語感が心に響いてくるんですね。
 また、子育てに関わる大人は物を提示して「これ、くし」「これ、ブラシ」、「これ、ボール」なんて教えないですね。髪をとかしながら「くし、きれい、きれい」、ボールを転がしながら「ポーン、コロコロッ」と教えますね。そういうふうに物の動きと、擬態語は密接に結びついています。子どもの五感に響いてくる言葉ですので、ぜひ使ってあげてほしいと思います。「ゆーらゆーら」、「ポーン」、「ゴシゴシ」、「きれいきれい」、「スルスルッ」とか、いろんな言葉を動きとともに覚えてくる、耳に快い言葉、音というのをいっぱい使ってあげていただきたいと思います。
 それから、「言葉の遅れ」のところで、質問の中にもありましたが対人関係のとれないお子さん。大人が関わろうとするとスーッと逃げちゃったり、それから、いつも走り回っていたりします。また一方的によくしゃべるけれど、人の言うことを聞かないお子さんは、相互的なコミュニケーションが取れません。そういうお子さんって、大人を求めてこないし、大人が関わろうとすると、かえって迷惑そうな感じで、大人が気後れしてしまいどうしていいのか分からないというのがあると思います。このようなお子さんは、人と落ち着いて遊べないことがありますので、コミュニケーションをとっていくときに、たとえば、じっくりかかわれる場所とか、じっくりかかわれる人とか、遊びとか、好きなものを探しましょう。ここに行って、この人とだったらこれができるとか、そういうものを増やしていくことによって、コミュニケーションって豊かになっていくんです。そのように考えていくと、本当に言葉というのは、むしろ、言葉以外の部分がいかに大事か、ということだと思います。それは、クリニックの狭い一時間の言語の治療の先生では決して与えられないものです。子どもの生活の長い部分をともに過ごしている皆さん方が提供できるところです。ですから、ぜひ、「生活の中の言葉」を、伝えていっていだきたいと思います。
 人とかかわるとことが、何を育てるかというと、要求を育てるのです。人と楽しいことの繰り返しがあると、「もう一回、もう一回」、その人が来ると「一緒にやろう」とか、人への要求が育つのです。人とのコミュニケーションの最初は要求です。要求がない子がいますが、まず要求を育てる。要求を育てるにはどうしたらいいかというと、その子が喜べることを一緒にやってあげる。繰り返しやってあげる。そしてきちんとそれを終了してあげる。「おしまい」「もう一回」。そういう繰り返しの中で、人との関係を育てる。それはどんな子どもにとっても、言葉が遅かろうが遅くなかろうが、要求を育てて、人との関係をつけてコミュニケーションを豊かにしていくというのが基本かと思います。

前川 最後に、病的な遅れと正常の遅れの区別についてですが、要するに、同じような年齢の子どもと、ついていけるかいけないかです。それからあとは、おむつが取れるとか、御飯が自分で食べられるとか、そういう生活習慣の問題です。絵もある程度は認知機能に比例しますけれども、言葉というのは総合戦力ですから、言葉だけを気にされないで、むしろ全体のレベルを上げるようにしてください。
 言葉の問題を、ネガティブにとらえないでください。子どもの特性としてとらえて、むしろポジティブにそれを伸ばすようにしてください。
 本日は短時間でしたけど、私たちが持っているものをすべて出し切ったという感じです。ぜひ、これをもとにして、あしたからの保育活動の言葉の問題に取り組んでいただけたらと思います。
 講師の先生方、本当にありがとうございました。きょうはこれをもちまして終わらせていただきます。(拍手)


講師プロフィール

前川 喜平(まえかわ きへい)
神奈川県立保健福祉大学人間総合・専門基礎担当科長・教授、東京慈恵会医科大学名誉教授、日本小児保健協会前会長。
東京慈恵会医科大学卒業後、同大小児科教授を経て現職。
1996年より母子健康財団シンポジウム統括を勤める。
同協会理事。
主な著書に「小児神経と発達の診かた」(新興医学出版社)、「今日の診断指針」(共医学書院)など。

栗山 容子(くりやま ようこ)
国際基督教大学教養学部、大学院教育学研究科発達心理学分野教授。
東京大学大学院教育学研究科修了後、国際基督教大学教養学部講師、助教授を経て現職。
現在取り組んでいる研究テーマは、人間発達:認知発達と言語獲得、発達の個人差、親の入力と社会化方略。

秦野 悦子(はたの えつこ)
白百合女子大学発達心理学分野教授、白百合女子大学大学院教授。
お茶の水女子大学大学院終了後、同大助手、川村学園女子大学助教授・教授を経て現職。
主な著書に「ことばの発達入門」シリーズ3巻(大修館書店)、「コミュニケーションという謎」(ミネルヴァ書房)など。




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