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特集  「急変する社会環境から子どもの心を守る」
こども心身医療研究所所長 冨田 和巳



私見による事件分析


 多くの子どもをみたベテランの保母は、自分の中に子どもの平均とか普通の基準を、心理学のそれよりも実質的な形でもっています。彼女の「数年に一度みる過敏な子ども」という捉え方は、特別な配慮をした育て方が必要であることを知らせています。彼は風船が配られていても「飛んでいったら怖いから」ともらわず、金魚すくいをしても、「死ぬのが嫌だから」と同じくもらわないほど、不安の強い繊細な、見方によれば「男の子らしくない」子どもでした。
 大江健三郎に憧れ、東大から左翼系出版社に勤めるコースをとった父親は、かなり強い左翼思想をもっていたはずです。左翼の特徴は教条主義で、自ら権威と認めるものは絶対であり、それに対立するものは一切認めない(共産主義の国をみれば直ぐに判る)のが特徴です。彼は後に障害者の書籍に関わり、自分の学歴重視姿勢を反省していたそうですから、まじめで誠実な人柄であったでしょうが、それ故に若い頃はよけいに教条主義だったと思います。
 私は小児科医として、多くの親子の問題を扱ってきた経験から、事件の最大原因は、この「父子の悲劇的組み合わせ(後述)」にあると推測し、誰もが注目しなかった二点から、以下のような「筋書き」を創りました。
 「男の子は強くならねばならない」「そんな弱いことで、どうする」と父親は、息子が些細なことで怖がるたびに「鍛え直す」と、子どもの感情を無視して叱り・怒っていきます。外でリベラルな姿勢の者ほど、家庭で独裁者・男尊女卑思考をもち、自らの価値観が絶対で、母親の意見など耳を貸しません。これには両親の学歴差も大きく影響したはずです。子どもは自分の生来の過敏性を、最も理解し認めて欲しい両親が、認めてくれないため、おびえ恨み、いつかこの思いをはらそうと心に誓って不思議でありません。そして、思春期になって現実に父親より力を得た彼は、それを暴力で訴え始めるのです。
 父親に殺されるほど強い暴力で子どもが訴えたかったのは、「過敏すぎる自分がこれまでどれだけ苦しみ過ごしてきたのか、わかっているのか? どうしてもっと早く理解し、適切な対応(子育て・環境調整)をしてくれなかったのか。今になっても僕の叫び・苦しみがわからず/わかろうともしないで、他人(医師)に教えられた技術に頼って、暴力にだけ目を向け、おびえているのを見ていると、何もわかっていない/わかろうとしないお前に、この僕の思いをどのように伝えればよいのか、暴力以外の表現方法がわからない!」でなかったか? あるいは、父親の家の中と外での違いへの抗議であったのか?。
 思春期に出現する家庭内暴力は、精神障害がない限り、ほとんどが「暴力でしか気持を表現できない子どもの心の叫び」で、これまでの体験から、暴力で訴える以外に方法はなかった/適切な表現方法を学んでいなかったのが原因になります。
 一家に君臨した“偉い”父親に暴力をふるい続け、恨みをはらしているようで、その時になって見せた「自分の言いなりになる」おびえた父親のなさけない姿に、「俺はなぜ、このなさけない父親にあれほど恐怖心をもっていたのか?」と更に自分が情けなくなり、暴力が高じていったはずです。父親の言いなりになり、小さな頃から自分を助けなかった母親は、姉と家を出ています。常に一番自分の味方になって欲しかった母親は、生まれた後3ヶ月で働きに出て自分から離れ、今回も自分を捨て去ったと考えると、そのような母親への恨みも、暴力をエスカレートさせる原因になって当然でしょう。
 父親が息子の暴力に耐えかねて相談した精神科医は有名な方で、教条主義の父親らしい選択だったと思いますが、思春期の子どもの暴力を「自分の思いを暴力でしか表現できない状態で、そのように育てた家庭教育・両親のあり方を、現時点でどのような形で是正していくか」を教えなかった/考えなかったようです。
 私は小児科医として、大人であっても、どのように育ったかが、その人となりを創ったと思って相談に応じていますので、14歳の少年の暴力は「暴力の凄さの今」を診るより、「そこまでになった過去」を診なければならないと思います。多くの家庭内暴力の例で、この視点から「わが子になら殺されてもよい」という思いで、両親が過去を善い意味で反省し、子どもに接していかなければならないと指導します。もちろん、よほどのことがない限り、母親が子どもの傍を離れるべきではありません。
 母親自身、不本意であったにしても、行動としては息子を捨て、父親は息子の思いや苦しみを、今もわかろうとせず、おびえているだけ。子どもの悲痛な叫び(暴力)は届かず、更にエスカレートして、極限に行き着き、事件が発生したのです。すべてが私の臨床経験からの想像で、実際はこの展開でなかったかもしれませんが、限りなく現実に近く、すさまじい暴力出現を理解させる説明になると思っています。
 更に推測を付け加えれば、先の保母がこの親に当時、過敏さを指摘し、育て方に助言しても、恐らくこの父親は保母の言うことなど、耳を傾けなかったでしょう。私たちの所に問題が大きくなって相談に来た親で、以前に保母や教師から子どもの問題を指摘されても、無視していた例はかなりあります。そして、彼らは異口同音に「当時は重視しなかった」、今は大変な上、「医師の言うことなら聴こうか」と。時既に遅し、医師よりも保母の言うことに耳を傾ける方が、よほど大切な時が多いのです。




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