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第27回 母子健康協会シンポジウム 子どもが育つ保育
4.総合討論(4)



— ふれあいは大切なことは十分感じますが、母乳は、いつでもどこでも与えることについてはいかがでしょうか。場所を選ぶマナーというところはどう考えられますか。

前川 この中で一番年を取っている私から答えます。というのは、私の時代は、どこでも、いつでも、母乳自由です。温泉も全部混浴でしたし、あまりそのことについて違和感を感じていません。私がこの年になって、現在の育児というか、小児科医の立場から、もう少し子どもを育てているお母さんにやさしい社会であってほしいのです。ですから、母乳がいいといって、与える場所や何かにもマナーなんて言っては親はかわいそうだと思うのです。まあ、トイレの中で与えるというのはちょっと語弊がありますけれども、母乳をやっているお母さんが、必要なときに与える場所を社会でつくるということ。それから、もしそういう人がいたら、みんななるたけ温かい目で見て、そういう恥ずかしい思いをしないで済む、そういう社会の目も必要ではないかと思います。子育てをした方はわかると思いますけれども、赤ちゃんはお腹がすいたら場所と所を選ばないですよね。それから、子によっては急に欲しいときもありますから、むしろそういう赤ちゃんの立場に立った地域社会をつくるようにしたらどうでしょう。

内海 赤ちゃんの立場から言えば、お腹がすいたときに、いつでも、どこでもなんでしょうけれども、前川先生がおっしゃったように、私が小さいときは、電車とか乗り物でいきなり胸を出して飲ませているお母さんの風景は普通にありました。

前川 先生の時代でもそうですか。

内海 ええ。私の小さいときですよ(笑)。私の時代は、サッと出せて見えないように授乳する。赤ちゃんはおっぱいは吸えるけど、よその人からは見えないようなブラウスとか、カーテンの陰でやるとか。そういうことはやはり社会文化が変わってくると、空港などでも授乳室とかありますよね。そういうことが必要になってくる。これはすごく文化に関係がある。例えば日本は、母乳がいいとか、授乳している姿は美しいとか言いながらも、そういうのを見慣れない人たちが増えているじゃないですか。赤ちゃんが泣いているだけでもエッという冷たい視線があるような世の中で、いくら母乳がいいからといって、昔並みにバスの中でベロンと出されても、みんな困るでしょう(笑)。そういう意味ではお互いに困るので、温かな目が必要。マナーもそうかもしれない。新幹線の中でも、おしっこのおむつは座席で替えてもまぁいいかなと思うけれども、ウンチをあの車両の中で替えるのは、やはりマナー違反だと思うんですね。そういうのは「マナー違反よ!」と指摘するのではなくて、「こういうところでやったらどうですか」とか、お母さんがやりやすいように温かくアドバイスしてあげるという方法がいいと思います。だから、医院の中でも授乳室があったり、いま、いろいろ工夫されています。

吉永 問題は、環境整備も要るのかなと思います。ウンチのおむつを替えたり、おっぱいをあげたりするときに、電車の中で、それから道端でしなくても安心して行える場所が、どれぐらい用意されているのでしょうね。道を歩いていて、大きなビルは飛び込めば授乳できる場所とかおむつを替える場所があるだとか、そういう世の中に変わっていけば、きっとあまり気にせずにやれるのかなと思ったりもします。
 山口県光市というところが「おっぱい宣言都市」になりましたね。光市は「赤ちゃんを母乳で育てます」という議案が市議会で可決されました。だからといって、母乳でなかったら市民じゃないというわけではないのですが。(笑)母乳をあげやすい市に変えるように努力しますよという宣言だと思うのです。それがどこまで到達できているかはよくわかりませんけれど、そういう周りの目と、そういう周りの環境の準備かなというふうに思ったりします。

内海 例えば皆さんの保育園の表門に「この保育園の中には授乳できる場所がありますよ」とひと言書いたら、世の中のお母さんがどれだけ助かるか。公園に授乳する場所がなくて、ここではおっぱい出しにくいなあと思ってすぐそばを見たら、保育園に「授乳できますよ」と書いてあったら行けるわけですよ。

吉永 どなたでもどうぞ」と。

内海 そうです。それは行政がするとかしないとかではなくて、自分たちが気がついたことを、誰がどこでやるかという話だけの問題で、これは大きな問題提起として皆さんがお持ち帰りになって、どうするの? という話をしていただいて、それがどこかで火種になってマスコミに出て、お母さんたちが助かったという話になったら……。
 感染の問題が心配だわとなったら、入り口のところにちょっとカーテンをつくってあげるとか、それだけでも世の中のお母さんたちは、とても温かくされているなあという気持ちを具体的に持てる、大きな子育て支援になると思います。

前川 ありがとうございます。いまの質問で、1つのことに対して3人3様の見方があるということが1つ。それから、何か問題があったときにはその背景を考えて、今度はそれに対する対策を考えることも必要ではないかということだと思います。
 私が皆様にお願いしたいのは、いいとか悪いとかではなくて、決めつけないで、いろいろな見方があるということで、ぜひお母様方とか、世の中の子育てをしている人に対応してほしいのです。あまりにも白黒がはっきりし過ぎると子どもは育ちませんので、そういうことをご理解いただけたらと思います。  ここに座っている先生方もわからないことがむしろたくさんあるのが普通で、すべてがわかっているわけではないということもご理解ください。あることは皆様と同じレベル、あるいは、それ以下のこともあると思います。

— 子育て支援は母のための支援になってきている。母親のリフレッシュが必要であったり、病気療養が必要なときには、制度の利用を役立てられるとよいが、子どものふれあい時間を持とうとせず自分の時間だけが優先されている気がする。こういう現状があり、伝えても伝わらない親にはどうしたらわかってもらえるのですか。

前川 今度も3人が答える必要のある質問です。

吉永 私は、それは場所によって違うよというと叱られそうですけれども、育児支援は、日本はそろそろ次の時代を迎えなければいけないだろうと思っています。育児療養科という診療科をつくったのがいまから12年前ですが、その頃、そのちょっと前くらいから、育児指導という言葉が育児支援という言葉に変わってきた。私も自分の反省としてですが、あれでもいいよ、どれでもいいよ、これでもいいよ、あなたのやり方でいいよ、というふうにずっと言ってきたような気がします。「お母さん、大変ねえ」と言って少しお母さんの気持ちを楽にしてということでやってきて、それで育児支援をやってきたという気になっていたことの反省を、実はここ数年しています。
 育児支援という考え方を、日本という国の母子保健にかかわる者はやっと手に入れましたので、それを捨てずに、だけどここはお願いよ、だけどこれはだめよということを、そろそろ言わなければという時代に来ているのだろうと思っています。育児指導から育児支援になって、次に何という言葉が適当なのかというのを、何とか人よりも先に見つけて吉永がつくったと言いたいところですが、ここ数年考えていてもちっとも思いつきません。育児支援という考え方を捨てずに、健康状態の問題だとか、ふれあいの問題だとか、そういうものを含めて、これはだめよ、これはいいよ、これはお願いよ、ということをお母さんたちに言わなければいけない。しかも思い込みではなくて、根拠のあることをお母さんたちに伝えていかなければいけない時代に来ているのだろうと思います。
 ただ、これは場所によって、人によって違うんですね。いまだに、育児支援という考え方は大事みたいよということさえ伝えなければいけない地域とか、集団とか、人も、実際いらっしゃいます。そのことを伝えながら、ご質問にあったように、そういう根拠のあるものをお母さんたちに言い始めなければいけない、そういうことにもう一度立ち返ろうということを考えなければいけない時代かなというふうに思っています。
 前川先生をはじめ世にはいろいろな偉い先生たちがいらっしゃいます。その方たちがいろいろなことを研究していただいて、私たちがびっくりするような新しい子どもの健康の科学を教えてくださいます。それを我々は勉強しに行くのですが、その知識を、このお母さんに渡すときにはちょっと角を落としておこうかなとか、ちょっと赤く塗っておこうかなとか、手を変え品を変えして、その知識を我々流に、またその家庭にあった方法にアレンジして提供していくのが、我々の仕事の醍醐味だろうと思っています。それこそが皆さんと私と恐らく同じように与えられた使命だろうし、同じようにチャンスとして持っている喜びの機会だろうと思っています。ひょっとしたら、その事実を発見した偉い先生にはそういう楽しみはないかもしれませんので、私たちにだけ許されたこの醍醐味ということを思いながら、お母さんのそばに寄り添うことができたらなというふうに思っています。

内海 子育て支援という言葉が言われ始めたのは、たぶん1980年くらいで、コインロッカー事件とか、虐待の問題が出てき始めた頃なんですね。お母さんがすごく追い詰められている現状に対して、その追い詰められている母親を支えれば親子関係がうまくいくという時代は確かにありました。ところが、いまは、お母さんが普通に子育てをしていても、社会状況は子どもが育つ環境が劣悪になっている。どんなに親子関係がよくても、テレビとかメディアの問題とか、友達関係とか、学校の問題とか、遊び場もないとか、そういうことで子どもが育ちにくい。
 そういうことで、最近、子育て支援、子育ち支援と。例えば、病児保育は、働いているお母さんたちにはとても助かります。だけど、病気の子どもを看病したいというお母さんの気持ちはどうなるのか。お母さんに看病してほしいという子どもの気持ちはどうなるのか。お父さんと一緒にいたいという子どもの気持ちはどうなるのかと考えたときに、「親時間」という考えを、いま、NPO子どもセンターの施策としては出しています。ドイツでは、親時間、例えば親になった人には残業させないとか、そういうことがスウェーデンでもあります。六時にはお父さんは家にいる。それから、ゼロ歳の育児は両親がしたほうが親育ちの時間を確保できるということで、企業も有給で育児休暇の義務づけがされています。私はスウェーデンで子育てをしたことがありますが、平日の公園に立派なお父さんがベビーカーで子守をしている姿などもざらに見えます。
 日本で平日にお父さんがベビーカーを押していたら、リストラされたのかしらとか、奥さんに逃げられたのかしらとか(笑)、そう思うかもしれませんが、当然のように、親が親になる時間を国が保障しているわけです。そういうことが子どもがちゃんと育つ時間につながるので、親が働くための支援ばかりをしていては子育て支援にならないという反省が来て、いま、いろいろやっています。これは企業も動いてもらわないといけないし、それから公園課にも、ゼロ、1、2歳児が安心して遊べる公園をどれぐらい確保するか。ビルとか駐車場とか、お金儲けになるばかりではなくて、子どもが育つちゃんとした空間。保育園も、運動会ができる平らなところではなく、水遊びが堂々とできる砂場だとか、ちょっと危険な山とか、登れるような木とか、そういうものをちゃんと子どものために用意してあげられる国かどうか。そこにおカネをかけてくれるかどうかが重要だと思います。それが、子どもの育つ子育てではなくて、「子育ち」支援になると思います。
 子どもが現実にちゃんと体も心も育っていないということを、子どもはいろいろなところでSOSを出していますから、親も追い詰めないように、子どももちゃんと育つような施策なり世論なり、保育の現場からいろいろな声を吸い上げながら、少しずつ方向は変わっていると思います。

前川 私の考えですけれども、まず、こういう親御さんがいらしたら、その人の話をよく聞くことしかないのではないかと思います。そういう人とはなかなかコミュニケーションが取りづらいでしょうけれども、お茶飲んでいかない? とか何とか言って、ただ話を聞いて、その人の立場をまず受容する。それで、いろいろなことがあったら、「大変ねえ」とか共感して、とにかく通じ合うことが第一番です。しかし、それを繰り返しただけでは親の気持ちはいくらか楽になりますけれども、問題は解決しないですね。これは支援の第一歩です。要するに相手の話を聞くということです。聞いて、立場を受容して、共感するということ。今度はそれを聞いているうちに、その原因の背景がわかってくると思います。親自身に問題があるとか、経済的に問題があるとか、いろいろなことに負担があるとか。それぞれに対して、もし皆様がそれに適任でなかったら、しかるべき人と相談して、その解決の手段を考えるということしかないのではないかと思います。最低のことの話を聞く。普通のお母さんは、話を聞いて話しているうちに、段々と解決する人が多いのですけれども、要支援家庭とか虐待の寸前のような方は、シングルマザーだとか、ヤングママとか、いろいろなことがありますので、ちょっとこれだけでは無理です。  ですから、ある問題をある程度階層化して、保育園の立場としてはこういうときには、例えば児童相談所とか、その地域の保健所とか、あるいは小児科の先生とか、連携したらいい、あるいは相談したらいい場所を決めておき前もって、そういう機関の人と親しくなっておく必要があるのです。そういう人がいたらそういう方法で解決したらどうか、というのが私の意見です。ぜひ、悪いとかいいとか決めつけないで、まずお母さんの話を聞く立場をとってください。
 気をつけなければいけないのは、そういうお母さんはどこへ行っても同じことを言われますので、最初はすごく反抗的な態度です。ですから、そうじゃないのだということで受け入れる態度をとると、意外と本音を吐いて、涙を流して親しくなったりとか、いろいろなことを言って解決することがあるというのが、私の考え、感想です。



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