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第27回 母子健康協会シンポジウム 子どもが育つ保育
4.総合討論(5)



— 子どもを愛せないという母親の親子関係の修復を聞かせてください。この場合タッチケアはどれくらい効果があるのでしょうか。

吉永 とても、とても難しいですね。こうやって、こういう事例がありました、ああいう事例がありましたというご報告をしていますけれども、それは、いい結果が出たことを報告していますからね。あまり大きな変化がなかった報告は、私のところにはなかなか保育士さんから挙がってこなかったりもするので、全体で何パーセントかと言われると、これがどれくらいの方たちに効果的なのかはよくわかりません。ただ、「そういう人たちもいる」という体験談でしかないのですけれども、それが1つのヒントになればというふうに思っています。
 愛せないと悩んで、私の外来に来られるお母さんは、簡単なことではその関係が修復できません。修復しようとしていろんなことを試し、苦しんだあとにとうとう他人の力を借りないといけないということになったのでしょうからね。なかなか口にするのも難しいことでしょう。お会いしてから、7年ほどたつのに、いまだに変わらず「愛せない」というふうにおっしゃる方もいます。お風呂に入れてね、ご飯はちゃんとつくってね、これはだめよ、あれしてね、これしてね、とルールを決めて、それでもだめだったら避難してよ、だめって言って。ママだって子どもだって避難させなければいけないことがあるからね、という話をしてかかわってきましたけれども、どうして私はこうなっちゃったんだろうという思いもありながら生活していらっしゃる。そこの子は何も怪我をすることなく育ってきています。どうやって関係を修復するかというのはとても難しくて、いい手があったら実は私のほうが習いたいぐらいです。でもその一つのヒントとしてタッチケアがありはしないかと思って一生懸命やっているところです。

内海 自分の子がかわいく思えないと悩んでいるお母さんは、やはりかわいがってもらったという体験がないですよね。そうしたらその人に、私はあなたの子どもをものすごく気にしているよ、というメッセージをあげてほしいのです。それと、愛せないと悩んでいること自体が親心でしょうと。他人だったらそんなこと悩まないわけですね。それでもう立派な親ですよと言ってあげれば、何とか頑張れるんですね。
 実際に見ていて、子どもに危険が及ぶような場合は離すしかないのですけれども、おおかたの場合は、事件にならないような水面下で私たちのような第一線の診療所や保育所に来ます。それでもほとんどのお母さんは、そこそこやっていますので、悩みを打ち明けてくれる関係があるなら、「お母さんよくやってるじゃない」と。よくやっていなかったとしても、朝ご飯にお饅頭1個食べさせてきたとしても、食べさせてこない人もいるのだから、お饅頭1個でも偉いよと言ってあげると、それがひと品増え、ふた品増える。そんなことで子どもは死にませんので、とにかく褒めてあげて、関係の中で一番大切なのは母性的な関係です。「私は受け入れられている」、その人の言うことなら信じてついていってみようかな、次に父性的な決まりだとか、規約を守ると。
 職場でも、自分がこの職場で働いていいというふうに園長先生から認められ、同僚から認められていれば、居心地よく発揮できますよね。ところが、あなたは保育士としてこういうところが失格よとか、毎日怒られていたら嫌になるじゃないですか。だから、保育園に行ったら、できないと思っている自分でも、保育士さんが「お母さんよくやってるね」とか、「お子さんがニコニコ笑うのはお母さんが一生懸命育てているんでしょ」とか、どこかいいところを見つけてあげて、連絡帳に嫌なことを書かずに、嘘でもいいから、「やっぱりお母さんが来ると嬉しそうです」とか、「やっぱり私たちはお母さんに勝てません」とか書いてあげると、お母さんは自分の役立ち感を感じます、多くの場合ですよ。もちろん通じない人もいます。通じない人はそれなりに仕方がない。自分の無力感を感じてしまうこともあるでしょうけれども、そうやったほうがお母さんの気持ちが満たされてきて、まあ、一朝一夕にはなりませんが、例えば、1歳児で来たときはとても危うかったお母さんが、四歳児になったらとても立派なお母さんになっているというのはたくさんあります。愛し方もいろいろあるんですね。自分たちがこうあるべきだという母親の姿を押しつけていないか、という反省も私たちの側に必要なのです。
 お母さんが子どもを叱っているときに、お母さんは理想の子どもと比べていつも比較していませんかというメッセージは、小児科医はよくやります。ところが、自分自身を振り返ると、「理想のお母さん」というのを自分の中で決めて、このお母さんは愛せないお母さんだからバツとかいうことをやっている自分に気がつくことがあるわけです。子どものよさを見つけるのと同じような眼差しで、お母さんやお父さんのよさを見つけてあげることが、お母さんたちを大きく成長させる。やっぱり親は親になる時間が必要なんですね。
 私も、偉そうなことを言っていますけれども、私が親になるにはいろいろな人の手を借りてきました。1人で立派かどうかわからないけれども親になったわけでもないし、子どもたちを私だけで育てたわけでもない。親子関係がまずくても、そこを修復する別の関係が保育園の中にはあるわけです。ですから、いろいろな関係の中で子どもを預かっている。親子関係も大切だから、そこも何とかしてあげたい。でも、それが何とかならないのなら、私がこの子をたくさん愛してあげようと。あの保育園のあの先生がいたから僕はよかったとか、学校のあの担任の先生にめぐり合えたからというのが、人との出会いには必ずあります。親はだめだったけど、あの先生がいたから僕はいまこうあるとか、学校は恵まれなかったけど、職場でこんな人に出会ったからとか、いろいろなチャンスがありますから、親子関係はもちろん大切だけれども、親子関係だけにフィックスしない人間関係の中で人は育つのだという広い眼差しが必要なのかなと思って、いま、外来をやっています。

— それぞれの先生で一番苦労されたことは何ですか。よかったら教えてください。

前川 私は妊娠したことがない(笑)、それから、お産したことがない、母乳をやったことがないのです。ですから、子どもを育てているお母さんの本当の気持ちがわからないのです。わかったようなフリをしますけど、どうも女の人と男の人と感じ方が違うのではないかと思うようなこともあります。男がいくら理解しようと努力しても、100パーセント踏み込めない領域が何かあるような気がします。  それからもう1つは、こういうことをやっていてわかるのは、親子の組み合わせが無限にある。いくら勉強してもきりがなくて、結局、時には虚しい気持ちもするということが本音です。だけど、やらなくてはいけないということでやってます。でも、それは苦労ではない、楽しみなのです。私が経験できないことを経験させていただけたら、ものすごいことができるのではないかと思うのですけどが、それは不可能ですね。

吉永 2つの話をしますが、タッチケアに関することでは、「本当に効果があるの?」と聞かれるのが一番大変なんですね。実を言うと、アメリカのマイアミ大学を中心とした活動では、新生児センターのタッチセラピーをやった群とやっていない群の体重の伸びがこんなに違うよという話だとか、おしっことか唾液の中のストレスを示すホルモンの数値がこれだけ差があるよだとか、いろいろ科学的なデータが出ています。そういうのを見ると、確かに科学的な検証がなされるということで、我々は、この方法に準じて始めようということで来たわけです。
 ただ、こっちのグループにはとてもやさしくタッチケアをしてみましたよ、こっちの群には冷たくしてみましたよという実験はなされない(笑)。できないんですね。数字にあらわれるほどのことがなかなか出てきません。そうすると、エビデンスはどうなんだという話をたくさん言われて、なかなかつらいところがあります。数字であらわしづらい。しかし、数字にあらわれないから根拠がないかと言われると、どうもそういうことではなさそうだと思います。実際お母さんたちと話をしていると、2歳でも3歳でも、さわるのはとてもいいみたいということは感じるのです。ただ、私の役目としては、ある程度の根拠とか、ある程度の事例とか、そういうものをしっかり持って皆さんに伝えなければいけないだろうと思って、いま、研究を一生懸命やっているところです。「本当に効果があるの?」と言われると、「ウーン、体験談ではね」ということしかないのが、いま、大変苦労しているところでございます。
 もう1つ、育児支援ということに関しての苦労という意味では、育児療養科という診療科でいろいろなお母さんに会ってまいりました。『子育ての、そばにいる人はだれ?』という私の書いた本があります。袖すり合うも他生の縁ということで、どこかで手に取って読んでいただければありがたいのですが、その中でいろいろな事例を書きましたけれど、どなたも対応方法を教えてくれないんですね。こんな問題を抱えたお母さんが来たけど、どうしたらいい? と。「このお母さんの相談に何て答えたらいいんだろう」って、そのたびに思いました。どこを見ても書いていない。「次の子を産むのが怖いんだけどどうしよう」と言われても、「いまの旦那とごちゃごちゃしているんだけどいまの妊娠を続けるかどうか」と言われても、そんなものは小児科の教科書を読んでもどこにも書いていないです。どうしようと思いながらお母さんたちと、「そう、そりゃ大変ねえ」と言いながらやってきたのですが、どこにも書いていないということで四苦八苦したというのが一番苦労したことでございます。
 先ほど前川先生がおっしゃったように、受け入れることから始まってということだけを一生懸命やってきましたら、何となくここまで来たのですが、皆さんいろいろな質問で来られるけれども、「そばにいる人は一体誰ですか」ということをこの人たちは聞きに来ているんだなと思ってから、とても気が楽になってまいりました。お姑さんの関係だとか、家の関係だとか、家の収入だとか、旦那の性格だとか、私には変えようがないわけですから、「治らんものは治らんね」と(笑)。お母さんが、育児、子育てということを抱えながらその中で生きていく。その時期を過ぎてしまうまで、ひとりぼっちでいるのか、それとも誰かが、大変ねぇ、ああ、そう、よう頑張っとんねぇと言いながらその時期を過ごすのかということが、大きな要素なのだなと思ってから、私自身も随分救われた思いがしてこの仕事をやってきました。

内海 私は別に人生の苦労話をするつもりはないのですが、(笑)私が小さいときはそんなに絵本の種類はないし、うちの父も小児科の診療をやっていましたけれど、絵本なんか本当に少ししかなくて、父の子守歌とか、父が語る昔話では育ちましたが、絵本で育っているわけではないんですね。だから、絵本なんかなくても子育てはできると思っています。いまは、絵本が一つの手段になり得るだろうということでやっていますけれども、絵本なんかなくたって育つと思っています。
 だけど、娘が1歳のときにスウェーデンに留学して、テレビの全くない生活をしたときに、日本からどっと送った絵本でかなり豊かな生活ができたということ。それから、その娘の育ちをずっと見ていて、日本に帰ってきて医者に戻って当直なんかをするときに、忙しい中で、子どもとどうやってふれあいを築いたらいいかというときに絵本の読み聞かせがあったわけです。その実践を踏まえてお母さんたちに提供していたら、お母さんたちがとても楽しそうになっているなという手応えと、保育園の子どもたちが、真剣に絵本を用意していくと変わる。忙しいときにその辺の絵本をババッと持っていくと、やはり受けが違うんですね。「あ、力抜いたのがバレちゃった」みたいに、子どもたちはものすごく敏感ですから、そういうところでかかわることの大切さみたいなものを勉強したし、大変でした。毎月1回、セミナーでテーマを選んできちんと絵本の準備をしていくのと、毎週1回、2つの園で絵本を選んで、雨の絵本にしようと思ったらすごく晴れてしまってやめたとか、動物園に行くという話を聞いたから、動物園の絵本に急遽変えたりとか、いろいろやって大変でした。けれども、そのために絵本屋さんに足を運ぶ回数が増え、絵本に関する本を読むことが増え、いろいろな作家さんの講演会を聞くことになり、絵本の選書が、こんな絵本が出ているんだということにもなり、外来の待合室に絵本を置いてという運動もし、それが『小児科医が見つけたえほんエホン絵本』という本にもなり、こういうところで呼ばれて話す立場になることになり、苦労がみんな実っていっているという感じなんです。
 いま苦痛なのは、忙し過ぎて新しい絵本になかなか接触できないことと、絵本のことをいろいろ書いているので、嬉しいことに、書店から新刊がどんどん送られてくるんですね。その中でいい絵本を選んで、子どもたちにどう提供していこうかとか、そういう根っこの部分がちょっと薄くなってきて、ちょっと辟易していて、何か新しい境地はないだろうかということで、最近、とうとう紙芝居まで始めました(笑)。
 それで、診断と治療社から『チャイルドヘルス』という保健雑誌が毎月出ています。これに毎月8冊〜9冊、うちにある絵本を出版社に送って、それについて書いていますので、どんな絵本を選んだらいいかとか、ブックトークとかそういうときにもしご参考になれば。ある絵本のところは、紹介だけすると、そこの出版社が絵本屋さんに絵本を取り寄せてやってくれるんですけど、これに関しては全部うちの絵本をやっています。もう4年間続けていますので、テーマとタネが尽きてきていますが、まだ続ける話になってしまって、エッ、どうするんだろうと(笑)。

前川 大変だ。

内海 ぜひ、参考にしていただきたいと思います。

内海 ありがとうございます。私たちの1時間ぐらいの話で、すべてのことが解決したわけではないと思いますけれども、特にご意見がありましたら、どうぞ遠慮なくおっしゃってください。



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