1.イントロダクション「新型コロナウイルス感染流行下での子どもたちの生活を振り返って」(2)
さて、やはり皆さんが一番苦労されているのは、新型コロナ対策における保育の場面での制限だと思います(スライド8)。マスク着用は本当に悩ましいですし、歌ってはいけない、食事は黙食、行事の制限、それから環境衛生や手指の消毒、ソーシャルディスタンスを取る、少しでも風邪症状があったら登園を自粛するなど、子どもたちのさまざまな生活変容があります。そういう意味では、コロナによる子どもたちへの影響は、直接感染して重症になるというよりも、こちらの間接的な影響のほうが大きいということは、皆さんも思っていらっしゃるとおりだと思います。こうした生活をして育つということは、今までなかったことですので、多くの方が心配されていると思います。
過去2年のシンポジウムのアンケートを読ませていただいていますが、そこから出てきた愛着、アタッチメントというものを、今回のシンポジウムのテーマとして取り上げました(スライド9)。
新型コロナ下の保育の変化の中で、特に感染対策によって、保育者と子どもたちとの自然な接触が制限されています。アンケートには、子どもたちへの影響、特にもともと愛着に問題のあるお子さんへの懸念や不安も書かれていました。社会全体がこれだけ大きく影響を受けたパンデミックですから、子どもたちの生活に影響が出るのは、私はしようがないと思います。ただ、仮に新型コロナ禍で、たとえば、愛着形成にマイナスの影響が出ているとしても、あまりそのことだけに対して不安をあおってもいけないのではとも思います。単純に不安だ、不安だということは、解決にはつながりません。ですので、ぜひこのシンポジウムを通じて、愛着形成に課題のある子どもたちに関する前向きな取り組みを一緒に考えられればいいなと思っています。
最後に、質問をいただいていたマスクのお話をします。マスクを付けることで愛着形成にどういう影響があるのか、あるいは言語発達等にどういう影響があるのか。これは、皆さんがすごく心配されていることだと思います。
乳幼児の情緒の発達に大人の愛情に満ちた表情が大事だということは、皆さんもよく理解されています。たとえば、米国の発達心理学者、トロニック博士が行った「スティルフェイス」、顔を無表情にするという実験が有名です。大人が赤ちゃんに対してわざと無表情で接すると、最初、赤ちゃんは大人の反応を引き出そうとします。そのうちにうまく行かないと分かると、今度は諦めてほかの人のほうに行きます。これは非常に再現性があり、どの赤ちゃんに対して行っても同じようになるという、赤ちゃんの持っている基本的な能力だということが分かっています。大人の表情と乳児の感情の間には基本的なところで社会的なやり取りがあるということです。乳児も大人の反応を引き出そうとするような、目的のある行動をとることができるわけですから、そういう能力を育む意味でも、表情というのは大事です。
マスクをすることによって子どもの心に影響しないのかというのは、2020年の春頃に、恐らく、世界中の子どもに関わる人たち皆が心配したことだったと思います(スライド10)。その答えは出てはいないのですが、さまざまな研究がなされており、データも出ています。
スライド12は、私見をまとめたものです。まず、マスクの影響として、日常生活、あるいは精神面への悪影響については、直接的な研究はあまりありませんが、マスクをする・しないにかかわらず、ともかく保育に参加し続けることのほうが大事だという意見のほうが強いと私は解釈しています。マスクをして保育を続ける、あるいは保育園によってはもうマスクをやめてみようなど、いろいろな考え方があると思いますが、ともかくそうやって続けることが大事なのではないかと思います。
言語発達というのは、マスクのために口元が見えない、発音が聞き取りにくいという点で懸念されてますが、そうしたことによる影響は、データとして取ると、はっきりした影響は示されていません。言語発達や発音にもともと課題のあるような子どもたちについては、もしかしたら影響を受けやすいことはあるかもしれませんし、注意も必要かもしれませんが、これもあまりはっきりとした差はないと思います。
社会性の獲得については、マスクをつけた静止画での表情の読み取りは、少し正答率が落ちます。ただ、その影響度はそれほど大きくはなく、ほかの情報や所作で十分補われる部分も大きいのではないかと考えられています。
もちろん、マスクを付けるのと、付けないのはどちらがいいかといえば、それは、付けないほうがいいに決まっています。しかし、どこまでその影響を深刻に考えないといけないかというと、そこまでのエビデンスは、さまざまな論文を見てみてもはっきりしないかなというのが私見です。
初期には子どもの呼吸抑制についても懸念されました。これもかなり研究されていますが、明らかな低酸素状態だったり、自分の吐いた息をもう一回吸うことによる二酸化炭素の蓄積だったりといった異常はないという結論が出ています。ただ、運動をしているときや、重い呼吸器疾患のあるような人は別ということで、運動中にマスクをしようということではありません。
今後、ワクチンも進んでいきますし、実際にコロナにかかったお子さんも増えてきて、集団免疫も高まっています。コロナが5類になって、生活をもとに戻すことになりますが、むしろそこで子どもたちに影響が出てくることもあると思います。たとえば、今までずっとマスクをしていたわけですから、それを取ることを怖がる子どもがいるかもしれません。生活の変容についていけないこともあるかもしれません。そういうお子さんたちを、今度は皆さんに丁寧に見ていただくという時期になってきているのかなと思っています。
さてここからは、愛着、アタッチメントをテーマに、東京大学大学院教育学研究科の遠藤利彦先生、そして国立成育医療研究センター こころの診療部 児童・思春期リエゾン診療科診療部長の田中恭子先生のおふたりにお話しいただきます。
はじめに登壇される遠藤先生は、「愛着」でネット検索をすると、名前が上のほうに出てくるかと思います。発達保育実践政策学センターを創設され、保育を科学的にエビデンスを持ってやりましょうという研究活動にも熱心に取り組まれており、保育関係の方にも講演等を通じて多大な発信をされています。
続いて登壇される田中先生は、私と同じ小児科医で、私も患者さんを通じて大変お世話になっています。療養中の子どもたちを支援する子ども療養支援士の資格を国内で立ち上げるなど、さまざまな分野で活躍されています。
それでは両先生、よろしくお願いいたします。(拍手)