子どもと愛着、その支援を考える(3)
【3-1】ACE体験の予防と介入~関係性の支援という新たな視点~
ではどのように子どもたちと関わっていくのかについて、文献を踏まえながらお話ししていきます。
まずはスライド32にあるように、毒性ストレスの影響を防ぐために何ができるかという論文が出ています。論文では、安全で安定した育成的な関係(SSNR)を社会の中で築いていくことが重要だと指摘されていす。ここに書いたように、「幼少時期の逆境は物語の半分にすぎず、幼少時期の肯定的な体験は、その後の人生の転機の改善と関連する」と主張されています。その子どもがこれまで育ってきた過程の中で、トラウマ体験や、アタッチメントの課題を抱えていたとしても、私たち社会が、そして先生方が、これまでと同じようなSSNRの関係を維持していくことが、その子が30歳、40 歳、50 歳になったときに、何らかの肯定感につながる、人を信頼することにつながると述べられているのです。
スライド33は、毒性ストレスを予防するための公衆衛生的アプローチの概念を表したものです。三角形はトラウマのレベルの深刻度を三段階で示しています。最も深刻な「3」の部分では、トラウマに焦点を当てた認知行動療法であるTF-CBTのような心理療法が書かれています。しかしこの中で最も重要なのは、「1」の部分、プライマリーのケアだといわれています。すなわち、しかるべき治療につなげていくまでに、どれだけその子の生活の中でケアができるかが重要になります。先ほどのSSNRの環境ともつながりますが、普遍的な一次予防が適用されていないと、エビデンスに基づく治療の有効性は低下する可能性があるといわれています。ですので、保育者である先生方の関わりは本当に大事です。
スライド34・35は、関係性の健康という、発達科学の新たな知見についての文献をまとめたものです。この新しい科学では、大人が子どもと関与して同調する関わり、応答的で相互的な作用がとても大事であると考察されています。
関係性の健康と回復力との関係では、社会的スキル、感情のコントロールといった基礎的な能力を、私たちが子どもたちのモデルとなって実践し、子どもたちに教えていくことが必要だと書かれています。
またお母さんに何らかの精神疾患が疑われる場合、お母さんが否定したとしても、先生たちから見ると少し気がかりな場合、ぜひお子さんのためにも、何らかの精神保健の窓口につなげていただきたいと思います。
自身の生育過程の中で、大事にされなかった体験、愛されなかった体験がある親御さんの中には、子どもたちにどう接したらいいのか分からない、大事に育てたいけれども大事にするとはどういうことか分からないなど、混乱されている方もいらっしゃいます。そういった方がいたら、その方を否定せず、エンパワーメントしながら関わっていただければと思います(スライド39・40)。
虐待を受けた者が虐待を行うという悲しい負の連鎖もあります。虐待を受けた経験が、先生を含め他者への攻撃性につながってしまうこともあるかもしれません。他者と信頼関係が築きにくくて、つらいときにつらいと言えない親御さんもいるかもしれません。そういったときに有効だといわれれているのが、後ほど説明する「トラウマ・インフォームド・アプローチ」です。
【3-2】ACE体験の予防と介入~アタッチメントの支援~
複雑なトラウマの症状からどのように回復していくかという中で重要だといわれているのが、スライド42にある「ARCモデル」です。これは、安心と安全の環境をつくり、そこで自分の感情をコントロールできるような体験を積み重ね、自分が持つ力を発揮する、というモデルです。
トラウマを持つ子どもとの関わりの中で特に大事なのは、子ども自身に関わること。そして年齢が小さいお子さんの場合は、子どもを取り巻く養育環境にも働きかけていくことです。
年齢によっては、子ども自身にもトラウマにフォーカスを当てた認知行動療法を行っていくことが非常に効果的だといわれています。これは心理教育を通じて、自分自身の気持ちをコントロールする能力を高めたり、肯定的な関わりを増やしていくということです。
検査しても問題はないけれど、腹痛や頭痛など、身体的な症状が繰り返し出てくるお子さんもいます。子どもが訴えている痛みを否定しないで、痛かったね、つらかったねと、心の訴えと感じながら背中をさすってあげる、そういった関わりが求められます。
こういった肯定的な自己感や体験のつながりを子どもたちが獲得していくことで、断片化されている「辛かった記憶」が、子どもの中でまとまり出し、将来を見据えるようになってくるといわれています(スライド43)。
スライド44 は、遠藤先生のお話しの繰り返しですが、乳児期の早期は、特に身体的な欲求をしっかりと安全と安心の環境の中で満たしてあげようということです。その後は、笑顔が出てきたり、人見知りも始まります。そうすると、関係性の欲求を満たしてあげることも必要になります。
アタッチメントは、何とか式の教育がいいですよ、という問題ではありません。泣いたらだっこしてあげて、おなかがすいたという子どもには母乳やミルクを与え、遊びたいという子どもには、遊びの環境をつくってあげて、といった当たり前のことの一貫した積み重ねが、アタッチメントにつながります。ですから、お父さんやお母さんには、何か新しいことをするのではなく、日々の関わりが大事なんですよ、頭で考えることなく、五感を使って自分なりに育児を楽しみましょう、という支援ができるといいかなと思っています(スライド44)。
関係性については、一生懸命走ったのにゴール直前で転んでしまった、お友達に自分の遊んでいたミニカーを取られてしまったなど、子どもたちがストレスに感じているようなときに、随伴的な関わりをもつことが大事だといわれています(スライド45)。
どのように関わるかというと、感情のラベリングです。「一生懸命走っていたね、格好よかったよ。最後にちょっと転んじゃったけど、最後まで走り抜いたね。でもちょっと悔しかったね。でも、先生たち見ていたよ」など、子どもたちが感じているであろう感情に、私たちが言葉を当てはめながら、言葉かけをする。そうすることで、子どもたちは自分はそういう感情があるんだと気づいていきます(スライド46)。
そのとき、私たちが与える言葉に一貫性があればあるほど、子どもたちの中に、心を思う気持ち、他者を思う気持ちが生まれてくるといわれています。これがメンタライゼーション、心を思うプロセスです(スライド47)。
逆に一貫性のない関わりであると、自分が自分でないような感覚、自己否定するような感覚が生まれてきて、それが自己の安定感の難しさと関係するといわれています。