総合討論(1)

よろしくお願いします。

最初に、私からの質問になりますが、時間が足りずに遠藤先生が説明されなかったスライド27・28に、「情緒的利用可能性」とあります。お話しいただいた「安心の輪」に関わる内容だと思うのですが、遠藤先生、よろしければ少しこの点をご説明いただけますか。もしかしたら、保育園でも使えるのかなと思っています。

遠藤

ありがとうございます。先ほど、安心感の輪をスムーズに回すためには「安全な避難所」「安心の基地」の2つの役割をバランスよく果たすことが大切、という話をさせていただきました。その際にどんな心構えを持っておけばいいかというヒントになるのが情緒的利用可能性です。言葉は少し難しいのですが、「大人は子ども自身が必要なときに利用できる存在であればいい」ということです。たくさんのことをしてあげるというよりは、子どもが求めてきたとき、シグナルを発信してきたときに、可能な範囲で答えてあげようねということです。

スライド27.子どもに関わる大人が「安全な避難所」と「安心の基地」
スライド28.「情緒的利用可能性」を支える4つの要素

スライド29~31は、「内的状態/シグナル」を横軸に、「読み取り/応答」を縦軸とした図表です。具体的な例をあげると、子どもがおなかがすいている、そして、「ぎゃあ」と泣いた。そのあり・なしが横軸。それを聞いた保育者の先生が、「あっ、泣いている、おなかがすいているんだ」と気づき、ミルクをあげる。そのあり・なしが縦軸です。横軸のあり・なしと、縦軸のあり・なしの組み合わせで4つの場合分けができます。「ぎゃあ」と泣いてミルクをあげるのは「HIT」、当たりです。「ぎゃあ」と泣いたけれど聞き逃してしまって何にもしないのは、「MISS」、外れです。

スライド29.敏感性
スライド30.先回り・干渉
スライド31.情緒的利用可能性

HITは、心理学でいうところの「敏感性」です。子どものシグナルをちゃんと捉えて、素早く応答してあげる、その程度を指します。敏感性は非常に重要で、心理学の文脈でも敏感性の高い親御さんや保育者の先生にちゃんとケアされている子どもは、しっかりと健康に育つことが分かっています。

ただし敏感性ばかりにとらわれてしまうと、「子どもはこんなことをしたがっているのかもしれない」「あれもやってあげなきゃ」などと、敏感を通り越して過敏になってしまうことがあります。そうなると「FALSE ALARM」が生じます。子どもがシグナルを発していないのに、大人が勝手にきっとこうに違いない、これをやってあげないといけないと、先回りしたり、干渉したりするということです。

「CORRECT REJECTION」は、子どもからシグナルが送られていないから、きっぱり何もしないでいようね、ということを示します。小さい子どもに何もしてあげないのはかわいそうではないかと思うかもしれません。しかし、子どもが今1人で何かできているんだから、あるいは仲間同士でこんなにいろいろな活動をできているんだから、それをちゃんと尊重して、そこに踏み込まずに見守ってあげようということです。

情緒的利用可能性という考え方は、HITの確率を高めていくことは重要だけれども、一方で子どもが特にシグナルを発信してこないのであれば、あえて何もしないということも大切なんだよという考え方です。そしてそこに、スライド28でいうところの「環境の構造化」「情緒的な温かさ」というものがあります。

環境の構造化というのは、黒子でいよう、ということです。子どもが楽しく遊べるように、あるいは安全に生活できるように、下支えをすることです。園であれば、子どもの遊びがもっと活発になるように今日はこのおもちゃをここに置いてみよう、ここでぶつかって転ぶことが多いから家具の配置を変えてみよう、そういったことが環境の構造化です。

情緒的な温かさは、応援団にたとえられます。直接手伝ってあげると、もう応援団ではありません。離れたところからエールを送る人、にこっとしてあげる人、じっと見ていてあげる人、これが応援団です。子どもたちは園の中で「見てて」という言葉を頻繁に発します。「手伝って」ではなく、自分はこれができるから「見てて」なんです。まさに、そこで見ておいてあげるというのが応援団の役割です。こうしたことを心がけていただくと、先ほどの基地と避難所の役割が自然にバランスよく果たせるのではと思います(スライド32)。

スライド32.子どもとの関係性の基本

ありがとうございます。

それでは、事前にいただいた質問を適宜ご紹介させていただきながら、遠藤先生、田中先生にご回答いただこうと思います。

まず、若い保育士さんの教育について、「アタッチメントへの理解を促すためにどのような手立てがあるでしょうか」という質問に対して、遠藤先生いかがでしょうか。

遠藤

保育者の先生に限らず、親御さんもそうかもしれませんが、保育や子育てがうまくいっていないときは、何をやってあげればいいのか、どのように何をしつけたらいいのか、そういうところで悩むと思います。

しかし今日私がお話しさせていただいたアタッチメントというのは、何かいっぱいやってあげることではなく、ただ、変わらずに避難所と基地であるということです。その役割がしっかり果たせていれば、基本的に子どもとの関係というのはうまくつくれます。そうすると、その先生と子どもというのは、しっかりと遊べるようになっていきます。まず、そこから始めるということだと思います。

ありがとうございます。

次の質問は、「保育士さんの背中に乗ったり、足に巻きついたりする、また、日常的にささいなことでもいら立ってかんしゃくが長引くというお子さんが多いクラスで、知らず知らずのうちに疲れている若い保育者がいる」という相談です。何か新任の方に分かりやすく有効にアドバイスできるような言葉はございますか。田中先生、いかがでしょうか。

   

田中

先生方は集団の保育で、いろいろな工夫をされているかと思います。医者の立場から申しますと、そのお子さんたちは何らかの発達の特性なのか、先ほど申し上げたような、何らかのトラウマ体験があり、自分の行動や感情にまとまりがなくなっている可能性がありますので、遠藤先生が教えてくださったように、私たちが黒子になって、遊びの環境を安全なものにする、家具の置き場所や、危険のない遊び環境を整えることがまず大事だと思います。そういった枠組みをつくりながら、必要があれば医療につなげていくことです。

またその子が切り替えができるように五感で促していくといいかもしれません。たとえば「何々ちゃん」と言ってボディタッチすると、年齢が小さければ小さいほど、注意をそちらに向けることができますので、そのときに「何々ちゃん、すごく上手に落ち着けたね」というすごくポジティブな言葉をかけてあげる。また同じようなことがあったら、同じような関わりをして、落ち着けたことを褒めてあげることです。

その子によって落ち着ける場所は違うかもしれません。私たちの診療室の中にも、小屋みたいなものを作って、少し多動衝動が強い子は、自らそこに入って、少し落ち着いて戻ってくることがあります。何かしらクールダウンができるような場所を設けるのもいいと思います。また、先生方はご存知かと思いますが、タイムアウトという、少しその場から離れるということも意識していただくといいかなと思います。

ありがとうございます。本日の田中先生の資料の中に、ペアレンティングというものもありましたので、参考にしていただければと思います。

次は遠藤先生、「現在の年長組の子どもは、入園当初からコロナ禍で、普通でない生活をずっと続けている。今後の心身への影響についてはどうか」というご心配の声があります。ご専門の立場からいかがでしょうか。

遠藤

本日、最初に岡先生から、この状況が子どもたちの心や体の健康にどういう影響をもたらしているか、世界でさまざまな研究が行われているというお話がありました。正直、はっきり分からないという状況です。ただ最近は、そんなに影響は出ていないという考え方のほうが強いように思います。

マスクに関して思い浮かべていいただきたいのは、コロナ前、マスクをしていなかった私たちが子どもと接するとき、子どもは私たちの顔のどこを見ていたか、ということです。先生が語りかけているとき、口元の動きをじっと見続けているお子さんはいないと思います。大概、先生の目を見ています。もともと子どもは、顔の中でも目の付近を頻繁に見ます。このことは、科学的に明らかになっています。

日本では「目は口ほどに物を言う」といわれますが、実は私たちの感情のやり取りや意思疎通において、言葉とともに、あるいは言葉以上に、目が大切な役割を果たしているということが、たくさんの研究から示されています。

目の付近には表情に関わる筋肉がたくさんあります。「目が笑っている」というときに動いている筋肉が眼輪筋です。口元は意図的に動かすことができる、つまり愛想笑いができますが、眼輪筋は意図的に動かせません。自然に動いて、笑ってしまうのです。つまり目に表れる笑いは、正真正銘、心の奥底から湧き出た喜び、うれしさ、そういうことのメッセージになります。また愛情の対象が目の前にいたり、好きなものがあると、目の瞳の部分は自然に広がっていきます。小さい子どもを見ながら、保育者の先生方の黒目は徐々に広がっていくわけです。それもまた表情の一部で、子どもに伝わっています。さらには、眉間にしわが寄ると、これは駄目だよとか、それは嫌なものだよというメッセージを与えることができます。

マスクで口元や頬の動きが隠れて見えなくなるということはマイナスではありますが、マスクで隠れない顔の上半分に、非常に豊かな表情が存在しています。そういうものをフルに使えば、十分に子どもとの間で気持ちをやり取りできるのです。

「三密の回避」で、だっこを控えようということもありました。ただ今日お話しさせていただいたように、アタッチメント、イコールだっこではありません。身体的に密着しなくても、声や表情で子どもに安心感を与えることはいくらでもできます。そういうところで補っていくことを考えていただくと、個人的には、こうした状況でも、それほど子どもたちとの間のアタッチメント、関係性などにダメージが及んでいることは考えなくていいかなと思っています。

 

 

ありがとうございます。

次はまた田中先生にアドバイスをいただきたいと思います。「自己肯定感が低い子どもに対して、保育園でできることは何かあるでしょうか」という質問です。自治体の言語療法士さん、作業療法士さん、発達支援員さん、いろいろな方から保育園にサポートいただいているとのことで、おそらく発達に課題のあるお子さんなどもいらっしゃるんだと思います。

 

田中

子どもたちの自己肯定感はすごく大事な視点です。自分が選択肢を選んで、自分が起こした行動がよかったと褒められることは、自己肯定感につながるといわれています。自己肯定感は、自分は何でもできるんだという、自尊心とは少し異なります。

「10歳の壁」といって、思春期を迎える前までに自己肯定感を育むのが、思春期をうまく乗り切るコツともいわれています。子どもたちは先生方もご存知のとおり、やはり周りの環境から「自分はこれができたんだ」「自分がやってよかったんだ」という自己肯定感を育みます。ですので、周りからの肯定的な声かけがすごく大事です。特に「やったね」「できたね」と大まかに言うよりも、「これこれ、あれができたね」というように、具体的にそのお子さんの行動を褒めてあげることです。結果的にはまだまだということでも、「何々ちゃんは本当によくここまで頑張ったね」などと、それまでのプロセスを言葉で褒めてあげると、2年後、3年後、10年後、20年後の自己肯定感につながるのではないかなと思います。

 

ありがとうございます。ぜひお子さんたちの個々の行動を見てあげて、褒めてあげていただければと思います。