乳幼児の心の発達とアタッチメント「安心感の輪」と「一人でいられる力」の大切さ(3)

【2】アタッチメントと「安心感の輪」

子どもは容易に怖がる、不安がる存在であり、怖いときには、泣きながら身近な誰かにくっつこうとします。くっついて、もう大丈夫という安全感・安心感に浸ろうとする、それがアタッチメントです。ただ、少しここで強調しておきたいことは、確かにアタッチメントのもともとの言葉の意味はくっつきですが、スキンシップとは強調するところが違うということです。

「アタッチメントは重要ですよ。子どもを長くしっかりだっこしてあげるということが大切ですよ」というふうに言われることも少なくありませんが、それはスキンシップのことです。アタッチメントという考え方は、皮膚と皮膚がぴったりとくっついているという経験が重要であると強調する考え方ではありません。あくまでも子どもが怖くて不安なとき、感情が崩れたときに、大人がそれを共感的に受け止めて、その崩れた感情を元どおりに立て直してあげること、そして安心感を与えてあげることが大切だと強調する考え方です。

乳児の段階では、子どもが怖くて不安がっているときには抱っこしてあげることが一番効果的です。しかし子どもたちが、3歳、4歳、5歳になり、小学生、中学生と、どんどん年齢が上がっていくと、だっこという方法は使わなくてもよくなるはずです。離れたところからにこっと笑ってあげる、声かけをしてあげる、あるいは温かい目で見ておいてあげる、それだけでも子どもは「大丈夫」という安心感に浸れるはずです。

どういう方法であれ、ちゃんと安心感を与えてあげること。子ども視点からいうと、ちゃんと安心感に浸っていられることが、健康な子どもの心の発達、あるいは体の発達にとても重要になります。その点を強調するアタッチメントの考え方を、しっかりと頭の中に置いておいていただきたいと思います。

スライド19 生涯発達の鍵となるアタッチメント

子どもがくっつく特定の誰かは、1人に限りません。家庭ではお母さんやお父さん、おばあちゃんやおじいちゃんのような決まった人、そして、園では、担任の先生を中心に、やはり何人かの決まった先生に、怖くて不安なとき、子どもはくっつこうとするかと思います。その特定の人に近接、くっつくことができている子どもほど、くっついて安心感に浸れている子どもほど、スライド20にある「見通し」という感覚をちゃんと持つことができるようになります。

スライド20 アタッチメント

見通しとは何か。「何かあったらあそこに行けばいい。あの人に向けて『ぎゃあ』と泣けば、すぐ自分のところに飛んできてくれる。絶対自分のことを守ってくれる」、そんな感覚が見通しです。

ひとたび、見通しの感覚を持つことができると、子どもはその見通しに支えられて、どんどん自分から自発的に探索ができる、冒険ができる、いろいろなことにチャレンジできるようになっていきます。

子どもは生まれた直後から、あれをやりたい、これをやりたい、あっちにも行きたいという、好奇心の塊です。しかし小さい子どもは、同時にすぐ怖がり、不安がります。子どもが大きくなっていくためには、恐怖、不安に少しずつ打ち勝っていかなければいけません。そのときに重要な役割を果たすのが、まさに見通しなのです。

昨日までは、そこまでしか行ったことがない。その先がすごく気になる。気になるけれども、暗いし、真っ暗で何がいるか分からないし、もしかしたらお化けがいるかもしれない。お化けがいたら怖い。怖くて行けない。怖くて行けないけれども、何があるか見てみたい。子どもは恐怖と好奇心の間を行ったり来たりします。しかし、見通しの感覚を持つことができた子どもは、あるときに思い切ります。お化けは怖いけれども、いたらいたで、そのとき「ぎゃあ」と泣けば、先生はすぐ自分のところに飛んできてくれるよね。絶対自分のことを守ってくれるよね。だったら、今日、行っちゃおうかな。行っちゃえ。そうやって子どもというのは、それまで怖くて、不安で、踏み込めなかったところに、一歩、勇気を持って踏み出していくことができます。そうやって子どもは、大人が気がつかない間に、どんどん1人でいられる力をちゃんと身につけるのです。

幼少期の段階で、いかに1人でいられる力を身につけることができるか。少し難しい言葉でいうと、いかに自律性を身につけることができるか。そこを強調するのがアタッチメントという考え方なのです。ある意味、アタッチメントは逆説的かもしれません。幼少期の段階で、怖くて不安なときにしっかりとくっつくことができている子どもほど、そして、安心感に浸れている子どもほど、見通しの感覚を持てるようになる分だけ、その後、徐々に人にあまりべたべたくっつかず、依存せず、ちゃんと1人でいられるようになっていきます。

今申し上げたことを、「安心感の輪」という図で考えることがあります(スライド21)。

スライド21 安心感の輪

左の手のひらが、子どもが信頼を寄せる大人です。この手のひらは「安全な避難所」「安心の基地」という、子どもにとって2つの大きな役割を果たします。

好奇心の塊である子どもが、活動していて転んで痛くて「ぎゃあ」と泣く。夢中になって遊んでいるうちに真っ暗になっていて怖くて「ぎゃあ」と泣く。子どもが怖くなったり不安になったりしたときに、大人の手のひらは避難所の役割を果たします。避難所に泣きながら駆け込んで、慰められて、安心感に浸る。もう大丈夫という気持ちになる。そうすると、今度は子どもは同じ手のひらを基地、拠点にして、元気よくそこから飛び出していく。そして、好奇心の塊になって遊ぶ。しかし、やっぱりまた怖くなってしまった。そうすると、再び動きのベクトルを反転させて、避難所に駆け込みます。そこで慰められて安心感を得たら、また元気よく飛び出していきます。子どもの日常生活は、この輪っかの上をひたすらぐるぐる、ぐるぐると回り続けるようなものです。

当たり前のことを図にしているだけですが、子どもがこの輪っかをスムーズに、安定して回れていることが、子どもの心の健康な発達にいかに重要かということを示しています。視点を変えれば、子どもがこの輪っかを安定してスムーズに回るためには、大人がこの避難所と基地の2つの役割をバランスよく果たしてあげる必要があるということです。

スライド22 アタッチメントと『安心感の輪』

避難所は、「怖い」「不安」など子どもの崩れた感情に寄り添って、共感的に受け止めてあげることが役割です。子どもが寂しそうな表情をしていたり、痛そうな表情をしていたりすると、その表情を見た瞬間、大人も「寂しかったね」「痛かったね」と、子どもと同じような顔つきになることがあるかもしれません。それは子どもの表情を先生が鏡になって映し出してあげているのと同じです。表情、そして、「痛かったね」「怖かったね」「悔しかったね」という言葉を通して、子どもの心の状態を映し出してあげる。それが子どもを本当に心底ちゃんと慰めるということにつながっていく、子どもの感情をしっかりと立て直すことにつながっていきます。そこで、本当に子どもは安心感に浸ることができます。これが避難所の役割です。

スライド23 「安全な避難所」としての大人の役割

大人の役割はそれだけで終わりではなく、もう一つ、基地の役割があります。避難所に戻って、もう大丈夫という安心感を得た子ども、安心感を得て元気になった子どもを、自分のところにとどめておくのではなく、その子どもの背中を押してあげる。再び子どもが1人で、あるいは仲間同士で探索や冒険に向かっていけるように応援してあげる。離れたところから見守ってあげる。これが基地の役割です。

アタッチメントというと、避難所の役割まではちゃんと理解していただいていることが多いような気がします。しかし、大人の役割は、避難所で終わりではなくて、もう一つ、基地の役割があります。

スライド24 「安心の基地」としての大人の役割

特にゼロ歳、1歳、2歳という乳児の段階では、この基地の役割が少し難しくなることもあります。子どもの安全を考えると、自分の近くに置いておいたほうがいいのではないか。子どもがちゃんと楽しめるためには、私、大人が遊んであげたほうがいいのではないか。そう考えて、基地の役割を果たせなくなってしまうと、子どもたちがこの輪っかの中をうまく回れなくなってしまうことがあります。

この基地と避難所の2つの役割をバランスよく果たすということが、大人にとってとても大切です。そして、このアタッチメントという考え方においては、この輪っかが少しずつ、少しずつ大きくなっていくことを子どもの成長・発達と捉えるわけです。

ゼロ歳、1歳は、すぐ怖くなって、お父さん、お母さんのところに戻ってくる、あるいは先生の膝の上にべったり乗っかっている時間がすごく長い。輪っかがとても小さいのです。しかし、子どもの年齢が上がっていくにつれ、どんどん輪っかが広がり、1人でいられる時間をどんどん拡張していきます。これが人間の成長です。

スライド21 安心感の輪

輪っかが広がって、1人でいられる時間が長くなるということは、もう避難所、基地に身を寄せる必要がなくなっているということを意味します。しかし、めったに戻らなくていい、くっつかなくていいということは、その子どもにとって避難所、基地は要らないということではありません。どんなにこの輪っかが広がって、子どもが1人でいられる時間が長くなっても、避難所、基地は決して消えてはいけないものです。子どもが戻ってこようが、戻ってこまいが、ただ、避難所、基地は変わらずにあり続ける、それが一番大切なことなのです(スライド25)。

スライド25 Autonomy/Relatedness

繰り返し申し上げているように、アタッチメントはずっとこの手のひらの部分にくっついていることが重要だという考え方ではなく、いざとなったらいつでも戻ってくっつけるという感覚を子どもが持てるようになることだということです。輪っかが広がって、1人でいられる時間が長くなっても、何かあったときには絶対戻れるところがある。絶対守ってくれる人がいる。そして何か思い立ったときには、絶対応援してもらえるところ、励ましてもらえるところがある。これが子どもの避難所、基地ということです。

この避難所、基地が、しっかりと成り立っている状況で、子どもたちはこの輪っかを回る。そして、輪っかを徐々に広げていける。ちゃんと1人でいられる。自律性というものを獲得する。そんなことを頭のどこかに置いておいていただければと思います。ご清聴ありがとうございました。(拍手)