子どもと愛着、その支援を考える(2)

【2】子どものACE体験とトラウマ症状

ここからは子どものACE体験(逆境的小児期体験)とトラウマ症状について説明します。

ACE研究は、子ども時代の虐待や困難な体験が身体、心、社会的な機能に及ぼす影響に関する研究で、近年盛んに行われています。現時点では、ACEが多ければ多いほど、脳へのダメージがある、ストレスホルモンの調節不全が起きる、アタッチメントの形成に影響が出る、社会的なスキルや自己肯定感が低下する、糖尿病や心筋梗塞が多くなるなど、さまざまな影響が出るという報告がなされています(スライド16)。

スライド16.小児逆境体験(ACE)研究

最近注目されているのが、ACEにより引き起こされるToxic Stress(毒性ストレス)です。

本来、適度なストレスは私たちの心の成長につながります。しかし、社会的、情緒的な緩衝材がない、すなわち子どもにとって安心で安全な環境がないまま、長期にわたる逆境や苦しい逆境を経験したときには、分子、細胞、行動レベルでさまざまな生物学的変化を起こすとされます。これが毒性ストレスです(スライド17)。

スライド17.ACEにより引き起こされるToxic Stress

コロナによる影響が子どもに対して毒性ストレスなのか、そうでないのかというのは、時間を経ないと分からないといわれています。しかし、何らかのトラウマ体験を既に持っている子どもにとっては、コロナの影響、社会的な生活の変化が毒性ストレスになっているかもしれません。

先ほど遠藤先生がアタッチメントのお話をしてくださったので、トラウマ的な視点も、ここで少し確認していきたいと思います。

逆境体験があると、やはりトラウマの症状が出てきます。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と明確に診断される方もいますが、子どもの場合は、おなかや頭など体の症状で出てくるため、心因性の腹痛、心因性の頭痛などといわれることも多いです。大人になると、薬物依存、発達障害、統合失調症、全般性不安障害、鬱などとさまざまな病名がつけられる可能性があります(スライド18)。

スライド18.逆境体験と臨床像

そういったときに、病名だけで語るのではなくて、その方の成育歴の中にトラウマ体験がなかったかどうか、それをしっかりと見ていこうということが、今の精神医学の中で重視されています。

心理的な側面では、逆境体験があると、「アタッチメントの問題」と「トラウマ」の、2つの課題が出てくるといわれています(スライド19)。

スライド19.愛着問題とトラウマ

アタッチメントの問題があると、「易トラウマ性」という特徴が出てきます。普通のレジリエンスを持っている子どもにとっては何でもない体験が、その子にとっては圧倒的な体験になって、心が傷ついてしまいます。コロナもそうです。大多数のお子さんたちにとっては耐えられるストレスであっても、トラウマ体験があるお子さん、あるいはアタッチメントに脆弱性があるお子さんにとっては、非常に大きなトラウマ体験になるかもしれません。

トラウマの症状があると、安心感が崩壊し、「今何か起こるのではないか」、「また何かされるのではないか」と、子どもたちは常に臨戦態勢になります。過覚醒といって、目を見開いて常に危険がないかどうかきょろきょろし、何か物事が起きるとさっと逃げるなど、いわゆる多動・衝動につながります。また「自分はこれをやれば、これができるんだ」という自己肯定感にも影響するといわれています。

子どものトラウマ体験は、家庭内のことだけではなく、さきほど申し上げたメディカルトラウマだったり、あるいは震災で大切な人との死別を経験したり、といったこともあります。

子どもたちのトラウマ関連症状は、スライド20にあるように、分離不安が強くなる、かんしゃくがひどい、いらいらが強い、攻撃が増えるということがあります。しゃべらなくなってしまったり、歩かなくなってしまったりと、いわゆる赤ちゃん返りのような症状もあります。頭痛、腹痛といった身体症状が出ることもありますし、アレルギーのお子さんが皮膚の症状が悪くなる、ぜんそくを持つお子さんのせきの症状が強くなるなど、もともと持っている病気の症状が悪くなることもあります。そのほか、フラッシュバックがある、逆に明らかな苦痛を示さず、一見元気に見えることもあります。こうしたさまざまなトラウマ関連症状を、私たちは理解していく必要性があります。

スライド20.トラウマ関連症状

スライド21以降のPTSDについては、医療の話ではないのでざっと説明します。

トラウマ体験をした子どもたちには、嫌だった体験、苦痛だった体験を、あたかも今起こっているかのように常に感じてしまう「侵入症状」、いわゆるフラッシュバックというものがあります。ちょっとした物音や他者の動きがきっかけで過去の体験がよみがえり、怖くなって突然クラスを飛び出してしまうお子さんもいます(スライド22)。

スライド21.PTSD
スライド22.侵入症状

嫌だった出来事を思い出すのは、子どもにとって苦痛なものです。感情を自己防衛するために、その出来事をなるべく思い出さない、考えないようにする、感じないようにすることを「回避症状」といいます(スライド23)。

スライド23.回避症状

一見元気そうなお子さんや、「何事もありません」と抑揚のない返し方をするようなお子さんも、もしかしたらトラウマがあり、思い出したくなくて、訴えることを拒否していることがあるかもしれません。

リストカットを繰り返す、摂食障害を起こすなど無謀で自己破壊的な行動をとる、過度の警戒心や過剰な驚愕反応を示す、集中困難で睡眠にも影響が出てくる。そんな子どももいます。

お気づきのように、アタッチメントの課題を持つお子さんには、自閉スペクトラムや注意欠如多動症、いわゆる発達障害の特性と似たような症状が出ています(スライド25)。

スライド25.覚醒や反応性の変化

この判別は非常に難しいと思います。疑いのあるお子さんがいらっしゃれば、スライド26にあるように「侵入症状」「回避症状」という2つの視点を持って、医療機関や療養機関につなげていただければと思います。

スライド26.侵入や回避などの手がかり

トラウマ体験の子どもへの発達への影響についてはスライド27にまとめましたが、4つの特徴として「自閉症様の行動」「脱抑制的対人交流」「認知機能障害」「不注意・多動」があります。最近の研究で、認知発達の遅れは思春期までに著明にキャッチアップするというエビデンスが出てきているようです。また誰かれ構わず見知らぬ人にもくっついていってしまうような対人交流の問題も、徐々に軽減するといわれています。他方、不注意や多動といったものは、成人期にも残るといわれています。

スライド27.子どもの発達への影響

精神科の診断基準には明確には入っていませんが、「発達性トラウマ障害」という概念があります(スライド28)。

スライド28.発達性トラウマ障害

繰り返し申し上げているように、トラウマ体験、アタッチメントの問題を受けた子どもたちは、感情面や生理面での調節不全、注意や行動の調節不全、自己や関係性の調節不全といったことが起きるということです。

複雑性PTSDは、ICD-11の診断項目に採用されました(スライド29)。

スライド29.複雑性PTSD

複雑性PTSDは、PTSDと違って何が特徴的なのかということが議論されてきていますが、感情がジェットコースターのように激しく変動し、自己破壊的な行動をとったり、ストレス下で記憶を部分的に飛ばす「解離」があったり、否定的な自己価値観を持っていたりといったことが多いといわれています。思春期であれば、ふっと記憶をなくしてしまって、眠るかのように見えるお子さんや、突然、倒れてしまうようなお子さんも出てくるかもしれません。

本当に嫌な話というか、怖い話ばかりしてしまいましたが、私自身、臨床でこういったお子さんやご家族と向き合う中で、子どもたちには回復する力があるのだと感じることもあります。「ポスト・トラウマティック・グロウス」と呼ばれる研究では、子どもたちはつらい出来事や体験を、自分の心の成長につなぐことができる、成長のベクトルを持っているということが議論されています(スライド30)。

スライド30.POST TRAUMATIC GROWTHとは

これは子どもならではの大きな強みです。私たちには、そういう視点を持ちながら、子どもたちと関わっていくことが求められます。