5.血友病

(1)血友病の概要

血友病(hemophilia)は幼少期より皮下、関節内、筋肉内出血など様々な出血症状を反復する疾患で、先天性凝固障害症のなかでは最も発生頻度が高く、症状は重篤です。血液凝固第Ⅷ因子の欠乏症を血友病A、第Ⅸ因子の欠乏症を血友病Bと分類されます。わが国の血友病AおよびBの生存患者数はそれぞれ、約5000人、1000人です。血友病のよく見られる出血症状は紫斑、関節筋肉内、口腔内出血や血尿です。出血死の原因では頭蓋内出血が最も多いです。関節内出血を反復すると血友病性関節症を発症します(図3)。

図3 血友病の関節内出血

まず、滑膜の変性や炎症を起こし、徐々に関節軟骨も変性・破壊されます。さらに進行すると骨の破壊もきたし、関節は変形し、可動域も著明に低下します。血友病の出血症状の重症度は凝固因子のレベルに相関します。活性が1%未満を重症、1~5%を中等症、5%を超える場合を軽症と分類されます。

(2)血友病の遺伝と保因者

前述のように血友病はX連鎖劣性遺伝形式で伝搬されます。通常、異常遺伝子を有する男子に発症し、ヘテロ接合体である女性は保因者になります。保因者の出産する男児の1/2の確立で血友病が発生します。保因者は、一般に、無症状ですが、凝固因子が低い場合、軽症の血友病と同様の出血傾向を呈する可能性があります。複合ヘテロ接合体やホモ接合体の女性は真の女性血友病ですが、出血症状を有する保因者も女性血友病と診断されます。19世紀に繁栄を極めた英国王朝のヴィクトリア女王は血友病保因者でした。9人の子供のうち、王子4名中1名(レオポルド)が血友病患者で王女5名中2名を通じて血友病がロシア、スペイン、ドイツに伝搬しました(図4)。ヴィクトリア女王の孫娘であるアレキサンドリア王女がロシア帝国のニコライ皇帝と結婚して5名の子供に恵まれましたが、5番目に生まれた唯一の男の子がアレクセイで血友病患者でした。当時、輸血はまだ行われておらず、王子は幼少期より出血症状に苦しみました。このために、皇后は祈祷師ラスプーチンに頼ることになり、徐々に、ラスプーチンは権力を持ち、結果的にロシアの政治を混乱させることになり、ロシア革命がおこりました。英国王朝の血友病が血友病AなのかBなのかは長らく不明でしたが、ニコライ2世一家の遺骨が発見されたことがきっかけで、遺伝子解析により2009年に血友病Bであることが明らかにされました。

図4 英国ビクトリア王朝における血友病家系

(3)血友病の治療

血友病の治療の原則は、従来、出血時に欠乏する凝固因子を輸注する補充療法でしたが、近年、高純度血漿由来製剤や遺伝子組み換え型製剤の開発により製剤の安全性や有効性は進歩し、凝固因子を定期的に投与して出血を予防する定期補充療法が中心になっています。近年、早期に定期補充を開始することが関節症の発症を予防することが知られており、重症患者の場合、関節内出血が出現する2歳前後から定期補充を開始することが国際的にも勧められています。定期補充療法のコンセプトは、凝固因子活性の最低値を1~3%以下に維持して重症を中等症レベルに変換することです。定期補充のためには、血友病Aで週3回か隔日投与、血友病Bでは週2回の静脈注射が必要です。最近、より作用時間の長い半減期延長型製剤が相次いで開発され、投与回数が血友病Aで2回/週~5日毎、血友病Bで1回/週~2週に減少することが可能になり血友病患者のQOLが向上しています。この定期補充療法の普及により年間の出血回数が激減しており、学校での体育やクラブ活動も他の子どもたちと同様に実施できるようになってきています。

凝固因子の欠乏する重症型の多くが、第Ⅷ因子や第Ⅸ因子が欠損するタイプで、凝固因子製剤の投与を反復すると製剤中の凝固因子を中和する抗体が出現することがあります。この抗体をインヒビターと呼びます。インヒビターが出現すると、凝固因子製剤の効果は激減~消失するために血友病の治療が非常に困難になり、関節内出血が増加するために関節症が急速に進行します。インヒビター陽性例の場合には、バイパス止血療法製剤と呼ばれる製剤が使用されます。また、凝固因子製剤を反復投与してインヒビターの消失をはかる免疫寛容導入療法も実施されます。最近、インヒビターの有無にかかわらず皮下投与で出血症状を激減させる第Ⅷ因子代替バイスペシフィック抗体製剤がわが国で開発され、インヒビター保有血友病患者の治療が大きく進歩することになりました。

(4)血友病患者の家庭での対応

血友病と診断された場合に、血友病の原因から治療に関する様々な説明を行う必要があります。また、母親や姉妹が保因者である可能性も高く、遺伝関連の説明には十分な配慮が必要です。また、前述した定期補充療法の導入にあたっては、当初は病院で実施しますが、以後、ご両親に注射を指導し、家庭内で実施できるようにサポートします。家庭内治療を実施する際、病院との密な連絡体制を確立することが必須です。患者が10歳ころになると、自己注射を指導します。血友病治療センターと連携して、夏季休暇などを利用して病院で集中的に指導することも勧められます。製剤の選択や定期補充療法の投与スケジュールについても、患者の活動性に合わせて指導します。

(5)幼稚園、保育所、学校での対応

① 出血時の対応

血友病の場合、急激な出血はまれで、多くはじわっと出てくるタイプの出血です。明らかな外傷がなくても、また、軽微な打撲でも出血をきたすことがあります。出血症状は、紫斑、鼻出血や口腔内出血など外表に現れる出血を除いて、多くは関節・筋肉内出血などの深部内出血です。現在、重症小児血友病A患者の9割以上が定期補充療法を実施していますので、大部分の出血は予防できています。しかしながら、定期補充療法を実施していない子どもや、インヒビターを保有する子どもの場合は、外傷時に製剤の早期投与が望まれます。頭部打撲は、子どもでよく見られる外傷です。受傷3~4時間以内に製剤を投与すると頭蓋内出血を予防できることが知られています。定期補充下では頭蓋内出血の発症リスクは低下します。血友病の子どもが外傷を受けたとき、外傷部位の確認とともに明らかな紫斑がみられなくても、当該部位の運動障害がないかを確認します。出血部位に対する対応は、安静(Rest)、冷却(Icing)、圧迫(Compression)、挙上(Elevation)が四原則(RICE)です。

② 救急搬送のタイミング

頭部、腹部、頸部を打撲したときで、定期補充を実施していない子供では救急搬送を考慮します。

また、外傷の外科処置が必要な場合には、事前に製剤の投与が必要です。したがって、製剤が投与できる搬送先をあらかじめ決めておかなければなりません。また、筋肉内注射は、後になって筋肉内出血をきたす危険性があり、絶対に避けなければいけません。

③ 体育、校外学習の対応

血友病の子どもたちにとって運動は重要です。出血を心配するあまりに運動制限をきびしく実施されている場合も未だに見られます。特に定期補充療法下では、通常の運動は可能ですので、十分な治療管理のもとに運動を実施させるようにします。しかしながら体が接触する危険性の高い柔道、剣道、相撲、空手、ラグビー、アメリカンフットボールなどは出血のリスクが高いスポーツは注意が必要です。体育の日に合わせて定期補充の投与スケジュールを調整することが望まれます。校外学習時は当日に製剤の投与を実施します。修学旅行の時は投与スケジュールと緊急時の搬送先・受診先を事前にご家族と十分相談する必要があります。