妊産婦と乳児の精神保健と地域での育児支援
九州大学病院子どものこころの診療部 特任教授 吉田 敬子先生
出産後の母親の乳児に対する気持ちは、早期ではオキシトシンをはじめ生物学的にホルモンの影響を受けるとされています。しかし、母親の気持ちの質的な面では、乳児の状態や、心理的社会的なさまざまな要因と関連があります。乳児の要因では、低出生体重、身体的な疾患、乳児の気質などがあります。母親の要因としては、母親自身の愛着スタイル、彼女へのサポートのネットワーク、母親自身の産後の身体疾患、産後うつ病、他の精神障害などがあります。しかし、何をもって、母親の乳児に対する気持ちが損なわれており、それが育児などに支障をきたすかについて、つまりボンディング障害をはっきりと提示するのは困難です。最も共通して記述されている内容をまとめると、母親がわが子に対して特別な感情が湧かない、むしろイライラ感がつのる、敵意や攻撃性を抱く、わが子に対して病的な考え(いなくなればいい、わが子が突然死をしてくれればなど)、わが子への拒絶などです。しかし、何をもって「障害」とするのかについては臨床的に幅があり、ひいては、標準となる精神科診断の定義(基準)がないからです。
ボンディング障害の定義はとにかく、母親の乳児に対する気持ちが平たんや否定的なことにより、育児に支障をきたす場合の多くには、産後うつ病など母親の精神疾患が見られることが実際は多いです。しかし、ボンディング障害とみられるケースの母親のうち20%から30%は、母親の精神疾患がみられないのです。そうなると、うつ病質問票であるエジンバラ産後うつ病質問票のみを用いてすべてが評価できるわけではないことは明らかです。私たちの臨床経験でも、産後うつ病の発症はみられないのに、わが子への気持ちが否定的な母親には少なからず遭遇します。そのような意味から、ボンディング障害をみる評価そのものが必要となるのです。その意味で、ボンディングをプライマリケアの段階で、地域育児支援に活用できる質問票として、質問票Ⅲを利用していただければよいと考えています。筆者は3点以上の母親には母親の気持ちと実際の育児態度に気を付け、2点の母親の場合でも、他の質問票と照らし合わせて、総合的に母親のメンタル面の評価と支援を立てることを提唱したいと考えています。