私は、この母親と似た経験をしている人たちが、今子育て世代にとても多いと感じています。社会学者の宮台真司の『日本の難点』幻冬舎新書のなかで、1970年代後半から1990年にかけて日本は、早期教育がさかんに行われた時代で、その時代の子どもたちが、人と同じでないといけないという同調圧力を受けていた。そのために、自分の思いを抑え込んで同じふりをしながら他者と関ってきたので、人間関係がフラット化しはじめたと語っています。そのころに子どもだった人たちが、今ちょうど子育て世代なのです。今、引きこもりの高齢化と言われていますが、その人たちもこの世代に子どもだった人たちです。経済成長が著しい時代に、父親(夫)が会社にとられ、核家族化が進んだ家庭は専業主婦にすべて任されたのですが、その時に家庭の中で何かが起こっていたのです。そのことが次世代を育てるときになって、問題となって表れ始めたのが今。社会で起こっている育児不安や虐待、不登校、若者のうつによる自殺の増加などすべてのことは、急に天から降ってわくものではありません。生活という具体的な日々の積み重ねの中で、その時代に求められているものに敏感に反応し努力したことだったはずなので、その時代の大人たちは、みんな良かれと思って頑張ってきたのでしょう。しかし大人が頑張ったこと、子どもに頑張らせたことは、どうも人の育ちを健康に保障するものではなかった、どこかに無理やゆがみがあったと思われる結果が今、日本の社会に表出してきているのです。さまざまな調査結果や、私自身がであったたくさんのエピソードをとおして考えてみても、切なき一生懸命があだになった結果ばかりです。このあたりで日本の社会全体が、過去の過ちを振り返り、本気でこれからの子育てのことを考えなければ、残念な世代間の負の連鎖が絶てないと思います。