3.自然環境が乳幼児の発達におよぼす影響

1で述べたように、乳幼児期には園庭や地域の戸外環境が活用されています。ではそこにおいて何が育つのでしょうか。

下の図2は、スポーツ庁が2020年に出した幼児期の外遊びと10歳児の体力テスト得点との関係を示した結果です。

図2.自然体験と体力の関係

図2.自然体験と体力の関係

上の図2からは幼児期の戸外での経験としての外遊びがその後の体力や運動育成にも影響していることがわかります。戸外遊びが運動能力に与える影響については、体力や粗大運動の能力だけではなく、身体動作の巧緻性や次の動作に移行する際の身体の円滑性などの発達にも影響があることも明らかになっています。また身体的側面だけではなく、知的な側面としては、学力や探究心、自尊心にも影響があることも明らかになっています。

また図3図4は、国内での近年数年間の調査結果ですが、海外でも同様の結果がより多くの人数や規模での調査でも得られています。

図3.自然体験と学力の関係(小学校)

図3.自然体験と学力の関係(小学校)

図4.自然体験と探求心や自律的な意識との関係

図4.自然体験と探求心や自律的な意識との関係

例えば、Archer and Siraj(2015)は、乳幼児が動き、何かを考え、かかわり、話し、歩き、学び、感じ、記憶するたびに、脳の神経連鎖が刺激されることも指摘しています。戸外環境においては、特に身体的・社会情動的・知的領域各々が働きかけ合うことを指摘しています。また、Lamont(2001)は、子どもたちが、腹這い、ハイハイなどの特定の動作パターンや他の活動を繰り返すとき、視覚運動スキル、追視スキル、バランス、自己制御などの能力が向上することを指摘しています。戸外環境では床面、足裏の感触も室内とは異なります。だからこそさまざまな刺激や感性を受容することができると言えます。

また戸外環境は、知的能力だけではなく共感、思いやり、協力、相手への敬意、コミュニケーションといった発達の多領域にまたがる「向社会的行動」を育むことも言われています。そこにはいろいろな理由が考えられますが、以下のような説明もその一つとしてなされています。戸外では、より年齢の高い幼児が他の子どもの面倒を見るなど、戸外が持つ危険性に意識が向くからこそ安全性に配慮をする子ども同士の関わりが出てきたり、そこには自然環境を尊重する関わりが表出したりするとされています。また戸外環境は室内以上に運動等の場面でも、また遊びや自然とのかかわりなどの課題解決場面でもより挑戦的な場面も多いので、困難に立ち向かう力、回復力、弾性といった「レジリエンス」を育むともされています。子どもが環境において行っている「触れる」「感じる」「扱う」といった行動志向の価値を探究すること、子どもの感性に保育者が目を向けて大切に扱っていくことで発達にさらなる利益をもたらす視点が提示されており、子どもたちが行う遊びや環境における身体的な関わりなどの行動志向の価値がレジリエンスと結びつく可能性も指摘されています。

また、戸外環境は多様な生命と出会うことを保障する場ともなります。戸外の動植物にふれて生命を認識する手がかりになるのは、「運動」「食物・水の摂取」「形態的特徴」が生物にはあることや、「動き」「変化」「機能」が無生物でなされていたとしても、「自発的運動」「食物摂取」「形態的特徴」「発生」を手がかりに無生物と生物を分ける時期であることに気づくことです。これは生物との共生や環境を大事にしていく命の関わりの出発点ともなります。現在ESD(環境教育)やSDGsの教育を乳幼児期から行うことの重要性、自然環境感受性を育むことの大切さもいわれてきています。五感を刺激し感性を育む場として戸外環境は子どもたちにとって、格好の教育の場であるということができます。

乳児期における戸外環境での包括的な発達が基盤になって、さらに深い認知・社会情動・身体の発達領域が双方向的に影響しあって育っていきます。現在日本の幼稚園教育要領や保育所保育指針では5歳の終わりまでに育ってほしい姿を捉えることの大切さを述べていますが、戸外環境の中ではこのような経験を保障する場がたくさんあります。

戸外環境は季節、天候、温度などによって、また植物や生物の生命のサイクルなどによってその様相をさまざまに変えていきます。その折にその変化をどのように保育の中に有効に利用していくのかということによって、子どもたちの気づきや育ちは大きく変わっていくと言えるでしょう。日本の保育の特徴は「環境を通しての保育」ですが、その保育理念を最もよく示している場として戸外環境があるともいえるでしょう。

表2.戸外環境の場と10の姿の育ちの関連性(秋田他、2018)

表2.戸外環境の場と10の姿の育ちの関連性(秋田他、2018)

【引用参考文献】

  1. 秋田喜代美・辻谷真知子・石田佳織・宮田まり子・宮本雄太(2018)「園庭環境の調査検討―園庭研究の動向と園庭環境の多様性の検討」東京大学大学院教育学研究科紀要,5743−66.
  2. 秋田喜代美・辻谷真知子・石田佳織・宮田まり子・宮本雄太(2019)「園庭環境に関する研究の展望」東京大学大学院教育学研究科紀要、58,495−533.
  3. 秋田喜代美・石田佳織・辻谷真知子・宮田まり子・宮本雄太(2019)『園庭を豊かな育ちの場に:実践につながる質の向上のヒントと事例』.ひかりのくにp128.
  4. 辻谷真知子・秋田喜代美・宮田まり子・石田佳織(2021)「未就学児保護者の近隣戸外環境活用に関する認識―大学キャンパスの入構制限に着目して―」国際幼児教育学会,第42回J17,66−69.(オンライン)
  5. 宮田まり子・秋田喜代美・辻谷真知子・石田佳織(2021)「保育所近隣にある大学構内の入構制限による影響:―コロナ禍における都市部保育の実態調査から見えた構造的課題」国際幼児教育学会第42回,J33,126−129.(オンライン)