新型コロナ感染症と子どものこころ(6)

4.パンデミックという災害

ここからは、世界的な感染症になったパンデミックというのも、災害の一つなんだという視点をお伝えできたらと思います。比較的似ている災害として私が思い出すのは、堺市のO-157事件ですね。感染症としての共通点がありました。

比較的似ている災害

さっき申し上げたように、かかっちゃいけないということで、物すごく緊張しているということが似ていると思います。

あの頃、堺市で活動されていた児童精神科の先生とお話ししていましたが、その先生は、学校で心理教育もされておられたんです。中には、予防への緊張から、もう何も飲み込めなくなって、唾も飲み込めなくなってためてしまうというようなお子さんが実際におられたのです。日本中そうではないのに、堺市のお子さんだけは物すごくしっかりとうがいして、手を洗ってというのを非常によくやっていました。今は、全国的に皆さん、保育園でも小学校でも、手洗いは大人より子どもたちのほうがずっとできるというぐらい手洗いをされておられますけれども、予防に対する緊張があるという意味では、堺市のO-157事件と似ているかなと思ってもいます。

もう一つ似ていると思うのは、10年前にありました福島の原発事故です。「敵」という書き方をするのはあまりよくないかもしれないですけれど、相手が目に見えないんのです。これもウイルスも放射線も目に見えないということで、目に見えない相手だということが強い不安を呼び起こすことが共通しています。また、どうなるか分からないという不確定なことも共通しています。原発事故はチェルノブイリとかありましたが、それにしても先がどうなるか分かりません。長期にわたる不安が続いているということも似ていると思います。もう一つの共通点として、あの頃、福島へ行くと、毎日テレビで、今日はどこが何ベクレル、どこが何ベクレルといって報道されていました。今テレビを見ると、今日は感染者何人、重症者何人と、必ずニュースでは出てきます。こういうふうに、毎日毎日、感染者数とか線量が伝えられることで、不安がかき立てられたり、それが当たり前になったりしている自分に気づかないという問題も似ているように思います。

福島に当時、外から行った私たちにとっては、それを聞いて、しんどいなと思ったんですけれど、福島の皆さんは慣れておられたのです。同様に、恐らく今、感染がないときの私たちが急に今へワープしたとしたら、毎日毎日、感染者数が言われている。これって大変だろうなと思うんでしょうけれど、何となく皆さん慣れてきているのです。ただ、慣れてきてはいるんですが、一つ一つの小さなボディーブローのような傷が積み重なっていっているのだろうと思います。福島の原発事故後に保育園や学校へ行くと、毎日毎日、保育園の庭の全ての部署で線量を測って、全部それを書き出してというようなことをされていました。同じように、予防のための緊張というのもかなり福島の場合もあったと思います。

そういう意味で、比較的似ている災害もあり、やはりパンデミックは災害です。災害という視点で見ていかなきゃいけないと思います。災害によって起こる子どもへの心理的影響について明らかになっていることを見てみましょう。私たちは東日本大震災が起きた頃に保育園におられたお子さんたちを10年ぐらい追いかけさせていただいて、毎年お会いしたりしてお話を聞いたり、心理的なアンケートをさせていただいたりということをやってきています。

その中で分かってきたことは、災害が起きたときには、災害が起こる以前にアタッチメントの問題、あるいはトラウマを抱えているお子さん、あるいは喪失体験、例えば親御さんが離婚されているとか、何か大事な人を、例えばおじいちゃん、おばあちゃんを亡くしたとかというような喪失体験を経験しているお子さんたち。そして、もともと何らかの精神的な問題があったお子さんたちという方々が、リスクが高いということが分かっています。

ですから、今、子どもたちの支援ということを考えるときには、もともと何らかの母子関係あるいは親子関係の問題を持っている、何らかのトラウマの体験、例えば重症な病気になったことがあるというのもトラウマでしょうし、たたいて育てるみたいなおうちに育っているお子さんもそうでしょうし、そういうトラウマを負っているお子さん、そして、何か大きな喪失体験をされた、例えば親御さんが離婚されているとか、そういう体験を経験しているお子さんのほうに、より注意を向けてあげなきゃいけないということがあると思います。

それから、災害の後の子どもの心理的な問題に影響してくるのは、親御さんの精神状態です。ですから、子どもを見るだけじゃなくて、親御さんが安心できるように支援していくということも非常に重要なことと思います。

そして、もう一つ、これは私たちもびっくりするような結果だったのですが、災害が起きた後の体罰というのは、子どもの精神状態の悪化に強く影響するということが分かってきたのです。ですので、体罰がないような家族への支援が必要なのに、先ほど言ったように、どうしても家族がみんないらいらして、体罰が起きやすくなってきてしまっている現状は、非常に注意しなきゃいけないところと思います。

災害によっておこる子どもへの心理的影響

先ほど申し上げました保育園のお子さんたちを追いかけていったときに、スライドは震災後2年目なんですけれども、いろいろな子どもたちが問題行動を持ってきていますが、普通の子どもたち、震災前のトラウマ体験のないお子さんたちを1とすると、トラウマ体験にはいろいろな喪失体験も含みますが、震災前のトラウマ体験があったお子さんたちは、総合的な問題行動で2.98とあります。そういうお子さんたちは、いろいろな要素を調整すると、3倍近くの精神的な問題を持つ危険があるというようなことが分かってきています。

震災前のトラウマ体験と子どもの問題行動との関係(被災地のみ)

それから、精神的な疾患を持っている親御さんとお子さんの精神的な問題。問題行動と書いてありますが、これは行動から見た精神的状態なんですけれども、精神疾患がある親御さんのお子さんたちというのは、親御さんの精神的な障害がない方々に比べると、3倍ぐらい多かったということになっています。

親の精神疾患と問題行動の関係(オッズ比)