設立80周年記念 第35回母子健康協会シンポジウム(東京会場)
「保育における言葉とコミュニケーション」子ども達と保護者と共に育ちあいつながりあう保育
気持ちに寄り添う言葉(3)
専修大学人間科学部心理学科教授 吉田 弘道先生
さて、今度は子どものことにいきましょう。
同じ表ですけれども、一番言いたいことは、「応答」が、保育園・幼稚園では家庭よりも少なくなるということです。これはしょうがないのです。たくさんの子どもたちの相手をしていますので、「ああ、そう」なんて言っている時間がない。一方「何々しようね」と言っていることは多いですけれども、応答は少ない。
私は、35年前に乳児院に行っていました。2歳半くらいの子ども1人とずっとつき合っていると、そこにいろんな保育者がやってきて、いろんなふうに話しかけていくのですが、それを1日4時間くらい、どんな内容の言葉を言うのかと記録をつけるわけです。それを何日か続けると、保育者が子どもに話しかける言葉の傾向が見えてきます。
そのころ、一般家庭の親が同じくらいの子どもにどういう言葉がけをしているのかという資料がありました。お茶の水大学にありまして、それを知り合いに頼んで借りてきてもらって、それと比較すると、どうしても応答が少なくなるのです。「そうね」とか、「そうなの」と言っていたのでは仕事にならない。これは、忙しいから仕方のないことといえます。応答は、子どもが安心するし、子どもの言葉の発達を促進するという効果があります。ですから、ちょっと心がけて、保育の中で、「ああ、そうなの」「お腹痛いねえ」「好きなのねえ」と言うこともしてみると、いいと思います。
あるとき、小学校5年生のクラスに行ったら、やはり子どもたちは応答を求めていました。1人の女の子がやってきて、足を見せて、「これ、きのう転んだの」と言いました。薬がぬってあったのですが、そうすると、また別の女の子がやって来て、「私も」と見せるわけです。「そうか、痛かったねえ」と言うと、「うん」と言って離れていきますが、そういうことがまだまだ小さいうちは必要で、大きくなると、本当は少なくていいのですが、でも、「我々は応答を求めている生物です」ということになりますので、大きくなっても必要なのかもしれません。
昨年8月に、片野先生のところに1日行かせてもらいまして、午前10時から午後10時まで、ずっと子どもたちの中に入っていました。そうすると、子どもがいろんなことを言ってきます。「何々ちゃんは何とかなの」「そうなの、そうなの」とか、「何々ちゃんてね、小さいけどたくさんご飯食べるの」「そうか、そうか」と聞いている。確かにたくさん食べるんですね。おかわりもしている。「そうか、そうか」と言っているのですけど、「きょうはね、ママがお迎えなの」「そう、いいねえ」、あるいは、「きょうはね、お父さんとお母さんがお帰り遅いからお泊まりなの」「そうなのか」とか言っているわけです。
これはすごく単純なのですけれど、子どもたちはすごくうれしそうにします。でも、そんなことをしている私のほうは、保育者から見ると邪魔でしょうがないのではないかと思うんです。あんなに体の大きいやつがあそこに座って仕事の邪魔をしている、というふうに思われていたと思いますけれども、何か、こういうふうな人がいたらいいなと思うのです。保育者も努力しますけれども、やはり時間が少ない。
だから、ボランティアのおじいちゃん、おばあちゃんで、元気いっぱいで何かするような人ではなく、何にもしないでただ座っているだけのおじいちゃん、おばあちゃんにボランティアを頼む。これができるといいなと思うんです。保育の場がなごみますしね。
これが元気な青年を連れていくと、そうはなりません。大学のゼミの学生を保育園に連れていきますけれども、子どもたちは遊んでもらおうと思って、ぶら下がったり何かしていますので、これはだめ。おじいちゃん、おばあちゃんが行くと、子どもたちは、「何しに来たの?」とか、「何しているの?」と聞いてきますが、遊んでもらおうとはしません。そして時々話しかけてきます。そうしたら、おじいちゃんおばあちゃんが、「ああ、そうなの」とか言っていますね。子どもたちは、走ってまた戻ってきて、「あそこで何々した」とか、「虫がいた」といって見せるだけです。それに対しても、「ああ、そうなの」と言いますけれども、そういうふうな人がいるといいと思います。
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