2.マルトリートメントと子どもの脳
私はこれまで、外見からはわかりづらい「こころの傷」を可視化するために、さまざまな「マルトリートメント」を受けた人の脳の画像をMRI(磁気共鳴画像化装置)という機械を使って、調べてきました。
その結果、分かってきたのは、虐待や体罰を受けることで、脳の大事な部分に「傷」がつくということです。つまり、「マルトリートメント」が発達段階にある子どもの脳に大きなストレスを与え、実際に変形させていることが明らかになりました(図1)。
- 図1.児童虐待経験者の脳皮質容積変化
- 高解像度MR画像(Voxel Based Morphometry:VBM法)による、小児期にさまざまな虐待を受けた若年成人と健常対照者との脳皮質容積の比較検討結果。
- (A)小児期に性的虐待を受けた若年成人女性群の脳のMRI像。
視覚野(視覚に関連)の容積が減少していた。 - (B)小児期に過度の体罰を受けた若年成人群の脳のMRI像。
右前頭前野(感情や理性に関連)などの容積の減少があった。 - (C)小児期に親から日常的に暴言や悪態を受けてきた若年成人群の脳のMRI像。
上側頭回灰白質を含めた聴覚野(聴覚に関連)の容積が増加し、発達に異常がみられた。 - (D)小児期に両親間のDVを目撃した若年成人群の脳のMRI像。
視覚野(視覚に関連)の容積が減少していた。
- (A)小児期に性的虐待を受けた若年成人女性群の脳のMRI像。
この傷がずっと続くことから、虐待を受けた子どもは大人になっても辛い思いをするのです。これまでは、生来的な要因で起こると思われていた子どもの学習意欲の低下を招いたり、引きこもりになったり、大人になってからも精神疾患を引き起こしたりする可能性があることが分かったのです。ですから子どもの脳にとっては、日々、子どもに何気なくかけている言葉、とっている行動が過度なストレスとなり、知らず知らずのうちに、子どものこころ(脳)を傷つけてしまうことがあるのです。
実際に、親から暴言を浴びせられるなどの「マルトリートメント」の経験を持つ子どもは、過度の不安感や情緒障害、引きこもりといった症状・問題を引き起こす場合があります。
なぜなら、過酷な体験がトラウマ(こころの傷)となるからです。人は、あまりにも過酷で耐えがたい体験をしたとき、その体験記憶を『瞬間冷凍』し、感覚を麻痺させることで自分の身を守ります。しかし、その体験は新鮮な状態で丸ごと保存され、類似した音や視覚などの刺激で何度も、何年後でも『解凍』されることがあるのです。最悪なことに、トラウマは成長したあとにこころの病気やDV行為、アルコールや薬物依存などの形で現れることもあります。
参考文献
- 1)友田明美.「新版いやされない傷 - 児童虐待と傷ついていく脳」,診断と治療社,2012.
- 2)友田明美.「子どもの脳を傷つける親たち」,NHK出版,2017.
- 3)友田明美,藤澤玲子.「虐待が脳を変える - 脳科学者からのメッセージ」,新曜社,2018.
- 4)友田明美.「脳を傷つけない子育て マンガですっきりわかる」,河出書房新社,2019.
- 5)友田明美.「その育児が子どもの脳を変形させる」,PHP研究所,2019.
- 6)友田明美.「親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる」,NHK出版,2019.