3.保育における愛着形成(9)

保育現場に入れていただいて、直にデータを集め分析する面白さに目覚めて、それ以来10年ほど共同研究を続けました。その共同研究をまとめたのが『母子関係と集団保育―心理的拠点形成のために―』という本です。この題名には母子関係理論を集団保育の場に組み入れたいという思いが込められています。その中にはビデオ分析で「どのように保育者と子どもが関係を結び、子どもの気持ちが満たされていくか」を丹念に追ったものも収められています。例えば保育者が子どもを長い時間抱いていると、いかにも子どもの思いに応えているように見えますが、子どもを抱きあげるときの判断を間違えると、子どもは抱かれたくもなかったのに抱かれているわけですからいつまでも気持ちは満たされない。30分も抱っこしているのに保育者が安全基地になっていないのですね。逆に、すごくうまくいく事例もあるわけです。保育者と子どもの関係性を分析し出すと、いろいろな発見があってわくわくするほど楽しいのです。このような経験を通して、私たちは、保育の実践をベースにして、よりよい保育の方法を導き出したいと願うようになっていきました。

研究書「母子関係と集団保育-心理的拠点形成のために-の出版 明治図書1990」

この著書は第Ⅰ部が母子関係と集団保育で、母子分離不安と3歳未満児保育のあり方について問題提起しています。第Ⅱ部は集団保育における保育者と子どもの関係で、「A.子どもの要求と保育者の意図の“ズレ”をめぐって」、「B.遊び・生活・課業的活動場面における保育者と子どもの関係」「C.集団内行動の発達に関する研究」を収録しています。そして第Ⅲ部には「新入園児の受け入れ(「ならし保育」)に関する調査」を収めました。

前川先生や井原先生が臨床を通して、「母子関係の壊れた事例からそれをどう回復するか」を丹念に事例の集積をされ方法化されているように、私たちの研究もまた、園の中で集めた事例の中から、こうすればいい保育になるのでは…という実践事例を集積して、そこから適切な保育方法を編み出す、そのことによって保育者と子どもの関係をより安定した「母子関係的関係」にしたい、そんな思いを抱いた研究者たちの共同研究でした。