4.私たち大人が注意すべきこと
愛の鞭(むち)のつもりの行動が、いつの間にか身体的虐待へとエスカレートしていくことの危険性を知り、子どもの気持ちに寄り添いながら育児をする必要があります。ポイントとして次の4つがあげられています。
- ①子どもの脳に及ぼす影響を理解し、体罰・暴言による子育てはしない、
- ②大人と子どもは対等な力関係ではないという前提にたつこと、
- ③親は、爆発寸前のイライラをクールダウンすること、
- ④親は子どもの気持ちと行動を分けて考え、成長を応援すること
親にとって、子育てと仕事の両立は想像以上に大変です。だから私が強く言うのは「とも育て」です。これは、子どもたちを実の親だけでなく、社会が育てていくという視点で、みんなが子育て支援をしながら見守っていくことです。核家族化と「孤育て」が進んだいま、もう一回、とも育てをやっていくのが大事ではないでしょうか。
親は誰しも完璧ではないからこそ、「マルトリートメント」をしてしまうことがあります。その影響を親が知り、繰り返さないことが必要です。
また、マルトリートメントをしてしまう親は、親自身もケアが必要な場合があります。親自身が、幼少期に過度なマルトリートメントを受けてきた可能性があるからです。叩かれたり大声で怒鳴られたりして育ったため、同じことをしてしまいます。そういったこころに傷を抱える親御さんにも、ケアが必要です。
興味深いことに心の不調を抱える人で、幼少期にマルトリートメントを受けたことのある人は、マルトリートメントを受けていない人とは異なるところがあります(これを『生態的表現型』といいます)。①精神疾患の前駆症状(例えばうつ病の場合の意欲・興味の低下や睡眠時間の減少など)が早期に現れる、②発症が早期化し、経過が重症化する、③併存症、例えば心的外傷後ストレス障害(PTSD)、物質使用障害(薬物依存症)などが現れやすい、④治療への反応がみられにくい、などです。
人間の子どもは生きていくために、大人の「養育」を必要とします。その養育には愛情とぬくもりが必須だということは言わずもがなです。しかし、実際には身近な大人との愛着関係(絆)が結べないまま成長していく子どもたちが非常に多く存在します。子どもを健全に育てるためには、親が健全であることが求められます。わたしたちは、母子保健・児童福祉・精神保健機関と連携をしながら、子どもだけでなく親をサポートしていく施策や仕組みづくりにも力を入れていかなければいけません。
今回、小児期のマルトリートメント経験と「傷つく脳」との関連性をご紹介しましたが、これらのエビデンスに関する理解がもっと深まれば、子どもに対しての接し方は変わっていくはずです。そのことが、子どもたちにとって未来ある社会を築くことにつながればと願っています。「将来を担う子どもたちを社会全体で育て守る」という認識が、広く深く浸透することを願ってやみません。
参考文献
- 1)友田明美.「新版いやされない傷 - 児童虐待と傷ついていく脳」,診断と治療社,2012.
- 2)友田明美.「子どもの脳を傷つける親たち」,NHK出版,2017.
- 3)友田明美,藤澤玲子.「虐待が脳を変える - 脳科学者からのメッセージ」,新曜社,2018.
- 4)友田明美.「脳を傷つけない子育て マンガですっきりわかる」,河出書房新社,2019.
- 5)友田明美.「その育児が子どもの脳を変形させる」,PHP研究所,2019.
- 6)友田明美.「親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる」,NHK出版,2019.